2021年11月07日

小平の海岸

小平に海岸なんか、あるわけないだろ。


って、思います?


小平(こだいら)市には、確かに海岸なんか無い。
ムサビがあるだけだ。
(だけ、と言ったら怒られるか。すいません)


でも、小平(おびら)町には、確かに海岸があるのだ。
日本海に面した町なのだ。


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海岸沿いに伸びる国道脇に、道の駅がある。
そこから、日本海を見渡すことができる。
(延々と続く国道沿いからであれば、どこからでも見えるけど……)



かつて、ニシン漁が大盛況だった頃には
多くの番屋が建っていて、賑わっていたという。


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今も残されている建物は、貴重な歴史資料として保存されていたりする。


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でも、それらの資料を見ると、
昔の人たちの過酷さを思わざるを得ない。

漁をするってったって、北海道だよ。
気温は低いし、水は冷たいのだ。

夏の海水浴場だって、寒くってずっと泳いでいられないから
浜辺で焚き火をして時々暖まりながら泳ぐっていうのだ。

そもそも、泳ぐのは主目的ではなくて
ジンギスカンなど焼き肉のついでに水にもちょっと浸かろうか、
そんな「海水浴」が盛んな地域なのだ。
真夏でもそんなだ。


春、脂の乗ったニシンを獲る頃は更に寒く、冷たいはず。

現代人なら、すぐ体調を崩してしまうだろう。
少なくともワタクシならすぐ死んでしまいそうだ。



結構いろんな碑やモニュメントが建っている。


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今のような道路も自動車もない時代から
この地にやってきた人々、住み着いた人々の足跡を
現代に遺しているのだ。



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松浦武四郎。


すごい行動力であったことが窺える。


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沖縄の海のような、暖かさも、カラフルさも、
浮かれそうな陽気も、無い。


でも、心に染み入る風情が
ここにはあるように思うのだ。

(他の地にだって、あるんだけどね)


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この街道を、レンタカーで、あるいはフェリーに乗せてきた自家用車で
疾走する来道者がいる。


時間と体力とを確保して、
真っ黒になりながら(北の地でも、紫外線はちゃんと降り注ぐ)、
自転車を漕ぐ人たちも、いる。
若い人が多いようだけれど、車窓から時々壮年の士も見かける。


大きなザックを担いで歩くツワモノも、少数だけれども見る。

すごいや。

隣の街まで、何十キロを踏破しなくてはならないような場所を
黙々と歩いているようだ。


カモメが、飛んでいる。


波の音が、聞こえる。


そんな、小平の海岸。


小平じゃない、小平。

こだいら じゃない、おびら。
(「小平の海岸」おわり)
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2021年10月15日

プレハブから生えてる古生物

プレハブから、生えていた。


ヤツが。


なぜ?


一体、これ何?



何の脈絡もなく、そこにあったのである。


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脇の道を通過中、視界をよぎったモノ。


目を疑ったよね。



ちょっと、奥まで失礼して。


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誰が、何のために、どうやって、造ったのだろう?



思い切って、口の中も覗いてみよう。


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鋭い牙の奥に、喉の向こうに、
ランプがついてる!?


夜には光るのかしらん。



そして、脇にひっそりと佇む、
謎の銅像っぽいもの。


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なんか、びっくり。
(「プレハブから生えてる古生物」おわり)
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2021年09月09日

オロロンラインの海と陽と山

日本列島ではあまり平坦な地が広くないために
海からすぐ山になる地が多い。


オロロンライン、北海道西岸の地もまた
そんなところの一つである。



日本海があって、国道があって、山がある。


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かつては国鉄羽幌線が
国道と並行し、あるいは少々離れつつ伸びていたけれど
廃線後久しく経過した現在は
その名残であるトンネルや橋脚がところどころに残されているのみである。


海岸段丘的な構造であろうか。


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この山に上がれば大抵の津波は避けられるということで
国道から山に上るための鋼製階段がところどころ設けられていたりする。



ここからは、朝日は見られない。

朝だいぶたってから、太陽が山の端から顔を出す。



夕日は、晴れてさえいれば
すごく良く見える。


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じっと眺めていると、
地球の自転の速度を感じることができる。

意外に早いものなのだ。


一日一日の時の貴重さを、何となく感じられるかもしれない。



生憎、曇ってきた。


それでも朱に染まる西の空と海が
美しく輝く様子はわかった。


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大型車も含めて、車両が結構走っているのだけれど、
バイクでのツーリングを楽しむ人々も見かける。


真っ黒に日焼けした青年が、壮年が、
たくさんの荷をくくりつけた自転車を駆っている様子も
結構見かける。


ものすごい移動距離になるので
それなりにしっかり計画を立てて回っているのであろう。


ごくたまに、でっかいザックを背負った人が
徒歩で移動しているのも見かける。


すごいね。


一体、今日は何km歩いたんだろう。

全行程で、何km歩こうとしているんだろう。



でもここを歩いていれば、
北海道の海を、空を、空気を、
そしてオロロンラインから日本海へ沈む夕日を、
全身で体感することができよう。



とても贅沢な時間であろう。


相当な体力も要することだろうけれども。
(「オロロンラインの海と陽と山」おわり)
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2021年09月08日

夕刻のしょさんべつ

「初山別(しょさんべつ)村」という村がある。


北海道の少し北の方の日本海側にある自治体である。



日本海を望む展望を眺められる施設が造られている。


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花畑も整備されていて、美しいところである。



ここには、天文台がある。


マンホールの蓋にもデザインされている。


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夜ここに来たら、
このような星の溢れる夜空が見られるだろうか。



しょさんべつ天文台は
こじんまりとした、趣のある施設だ。


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その脇には、灯台が据えられている。


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そろそろ、日暮れだ。



「みさき台公園」が造成されていて、
キャンプ場や、コテージサイトも設けられている。


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北海道の西海岸では
日本海に沈む夕日を臨むことができる。


水面から昇る日の出を見るのも、
水平線に沈む夕日を眺めるのも
それぞれに趣があるものだ。


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それぞれを楽しもうとすると、
北海道ではかなりの距離を移動する必要があるかもしれない。



渡島半島の東西両岸、
襟裳岬付近の東西、
宗谷付近の東西、
知床半島の東西、
そのあたりであれば、比較的容易かも。



初山別と標津、なんていうと
ものすごい距離を移動しなくてはならないけれど。
(「夕刻のしょさんべつ」おわり)
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2021年09月05日

金浦原生花園

オロロンラインを走っていると、
ほんとうに目立たないのだけれど、
遠別町の何もない国道沿いに
金浦原生花園 なる場所があるのに気づく。


海岸に沿って延々と伸びる国道で
大型車両も含めて流れが早い。


だから、気づいても一瞬で通り過ぎてしまう、
そんなところ。



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そうだ、あったんだ。


と気づいて、ちょっと寄ってみることにした。



ただ小さな駐車スペースがあるだけで、
トイレも何もないところ。


停まっている車を見かけることは、あまりなさそう。



木道が造ってあって、
ここで見られる植物についての説明板があった。


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それほど色褪せていないところを見ると、
比較的最近設置(または更新)されたものか。



木道は、こんな感じ。


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海岸近くで、砂地なのか、湿地なのか、
一面の笹に覆われていて地面の様子はわからない。



時期的に、少し早かったか。

花はまだ、そんなに咲いていなかったが、
それでもちらほら見ることができた。


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陸側の向こうは、牧草地である。


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15分ほど居たが、
当然なのか、誰も寄る様子は無かった。


この国道(オロロンライン)には、
それなりに交通量があるのだが、
皆高速で通過していくばかりである。



波の音と、鳥の囀りと、
車両の通過音だけがある、
時間の流れがそこだけゆったりした
そんな原生花園。
(「金浦原生花園」おわり)
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2021年08月26日

足寄の豚丼

足寄動物化石博物館 の斜め向かいに
あしょろ庵 っていうのがあって、
せっかくなんで、十勝豚の豚丼を食べようかと寄った。



普通の豚丼も十分に美味しそうだったのだけれど、
「特製 道産もち豚使用」って書いてあった特上が魅力的に見えて
頼んでみることにしたのだ。



注文して待つこと暫し。



来たっ!



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最初、持ってきた器を見てびっくり。


鍋かと思ったよ。


蓋を開けて、ちょっと安心。

この鍋みたいな器に満載だったら
とても食べ切れたもんじゃなかったね、と。



ただ、じつはそれは錯覚なのでした。


味噌汁の椀は、普通のサイズ。


あまりにも丼がでかいから、
盛りが小さく見えただけなんだ。


飯の量も、肉の量も、結構あった!



ま、世の中大食の方も多くおられるから
これでも物足りない人はいるんだろうなぁ。



ワタクシは、完食できたけれど腹一杯!


食べログなんかには「こんなもんか」なんて意見もあったけれど
とても美味かったです。


今度行く機会があったら、
2人前を3人で食べるくらいがいいかな。
(「足寄の豚丼」おわり)
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2021年08月25日

足寄動物化石博物館

北海道足寄(あしょろ)町に、動物化石博物館 がある。

日本語では「動物化石」と表記されているけれど、
英文表記では「Museum of Paleontology」であって、
直訳すれば古生物博物館ということになる。


敢えて合わせなかった理由は、
きっとどこかにあるに違いない。



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ここには「フォストリーあしょろ」とも書いてある。


さて、「フォストリー」って、何?

説明が書いていないので、よくわからない。

fossil + story ってことなのかなぁ?



デスモスチルスの復元模型みたいなのだけれど。


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ただしこれは当初の復元案で、現在は歩いていたのではなくて
水中を移動していたのではないかということだそうだ。



アプローチが、何か化石っぽい感じ。


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極めて主観的な感じ方でしかありません。



コンクリートの塀と、博物館外装との対比。


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トップライトが、特徴的になっている。



足寄町の位置、わかりますか?


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北海道の中央より東寄り、
空港なら、帯広空港が一番近いだろうか。



束柱類の化石が展示されている。


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柱が束になったような歯を持つ化石なのだけれど、
現生の動物に同じような形態のものが居ないので
何を食べていたかは謎であるという。

不思議な生き物が居たものだ。



日本列島が大陸の一部だった頃の化石なんだという。


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誰がどんな研究によってこのように唱えたのか
きっと詳しく調べればわかるんだろう。


見学者としては「へえ、そうなんだ!」と見るしかない。



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主たる展示室は、この空間。


天井中央が光っているのは、前の画像にあったトップライト部分である。

展示物に直射日光があたるようだが……良いのか?

ダメなら遮光しているはずだから、きっと良いんだろう。



いろんな骨が置いてあるが、すべてが化石というわけではない。

レプリカもあるし、現生の動物の骨格標本もある。



地質学的には比較的新しい年代のものから現代のものまでであるから
古生代の本物の化石のような厳重な管理をする必要性が乏しいのかもしれない。



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デスモスチルスは、当初は陸を歩いていると考えられ、
そのような復元模型が作られていたのであるが、
いろいろな説の変遷があって、
現時点では水中で暮らしていたものと想定されているという。

復元模型案がどのように変わっていったかがわかるように
展示されている。



現生の生物の骨格標本は、たとえばこんなやつ。
浜に打ち上げられていた死体を処理して運んできたという。


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骨だけを見て、何のものかわかるだろうか?



もしも現在このような生物が居なくて
この骨が化石で出てきただけであったとしたら
なかなか生きていた時の姿を推定するのは難しそう。



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軟部組織は失われてしまうから、
こんなにでっかい頭部があるとは気づけないんじゃないだろうか。



となると、骨格だけを見て想像していた古生物が
実はかなり異なる形態であった、なんていうことが
まだまだ残されているのかもしれないなと思ってみたり。



コロナの影響で、
この類の施設に訪れる人は全世界的に激減していることだろう。

学術的・文化的には、何とか存続して欲しいし
公共の施設であればそれなりの予算措置を取ることであろう。

民営だと、かなり厳しい場所もあって
実際に閉館に追い込まれたところも決して少なくはなかろう。


せめて、コロナ明けの暁には
せっせと巡りたいものである。


コロナ下であったとしても、
場所によってはほぼ貸し切り状態であるから
それなりの注意すれば訪問は差し支えないところも
多いのではないだろうか。



その加減が難しいし、結局各自の自己判断になってしまうから
(そしてその判断基準は個々人で皆異なるから)
全面閉鎖を求める人も居るだろうし、
もっと多く人を呼んでも良いのではないかと考える人も居るだろう。



政府や自治体、医療機関、各職種などで
本当のところは誰にもわからない。

たぶん何年かを経た後に、
結果としてアレが良かった、アレがダメだった、という見解が
出てくることだろう。


感染拡大防止対策にしても、
ワクチンの効果や副反応などについても、
ひとまず現時点ではこう言えるだろうということと、
実はそうじゃなかったと後から判明することなど
全知全能の神じゃないんだから、誰にもわかりゃしない。

そんな中で、各自が己の考えや信念や確信や思い込みなどに基づいて
行動し、あるいは他を非難し、時として攻撃している。


ま、それもわからんでもないんだけれど、
自信満々で発言している人がいたとしても
その信憑性については正確に判断しようがない。


今、自分が接している情報に基づいて、
自分なりに判断し、行動していくしかないのである。

「判断しない」とか「気にしない」なんていうのも含めての「行動」である。



ともかくも、事情が許すようになったら、
ぜひ足寄へ!
(「足寄動物化石博物館」おわり)
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2021年08月10日

浦河町の馬事資料館

浦河町の優駿の門の脇に建てられているのが、
馬事資料館 である。



文字通り、馬の事に関する資料が展示してある
そんな施設。


建物はレンガ外装の小洒落た雰囲気であるが、
いかんせん、だいぶ古びてきた感が強い。


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入り口を入るとすぐ左に、
競馬専門フリーマガジンの うまレター バックナンバーが
何冊も置いてあった。


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馬産地からの既設の便りと称し、全国の馬産地の様子を
伝えている。



施設内部は、鉄骨造多角形平面の空間である。


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馬、特に競走馬に関するものが数多く展示されている。



流鏑馬の的とか、絵とか、ネクタイとか、
「雑多」と言って差し支えないだろう資料が並べられている。


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これはこれで、たいそう面白い。


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馬車に関するものもある。
昔むかし、天皇陛下を乗せたという迎賓馬車も。


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ヒンドスタン号の剥製は
ガラスケースの中だ。


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「サラブレッド」というものが
300年前の3頭を起源としていることに
驚いた。


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人間であっても、優秀な血統に属する人々を
サラブレッドと呼ぶ場合があるが、
なるほど文字通りの「サラブレッド」である。

Wikiには、Thorough + bred が語源であると記されている。



だから、「種付け料」なんていうお金が発生するんだな。


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家系図というか血統図は、とてもはっきりしているわけだ。



結構驚きだったのが、
ヒンドスタン号の心臓である。


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ホルマリン漬けのそれが置いてあったのだが、
そのデカいことと言ったら。


長径34cm、短径23cm、幅20cm、と表示されている。


1馬力の力を出すためには
これだけの心臓が血液を送り出す必要があるのか。



人間でも、マラソンなど持久力を要する競技に関して
長年トレーニングを積んだ人たちの心臓が大きくなる
「スポーツ心臓」という状態があるというのだけれど
(心肥大などの病気ではなくて、健康な適応としての肥大)、

馬は体も大きい上に長距離を疾走するので
このくらいの心臓でなければやっていけないのだろう。



競馬好き・馬好きの人の中には、
場産地を訪れるのを楽しみにしている方々も
おられると聞く。


新冠(にいかっぷ)、静内(しずない)くらいまでで
済ませる人も多いかもしれないけれど、
浦河(うらかわ)、様似(さまに)まで足を伸ばして
こういう資料館も一緒に見るとなお面白いのではないか。



時間とカネに余裕があるならば、
そのまま南下して襟裳岬を見て、
黄金道路からハート型の豊似湖を見て、
広尾〜帯広方面へ向かうのも良かろう。



ま、言うのは(書くのは)簡単なのだが、
とんでもない距離になることだけは覚悟が必要だ。


新千歳空港〜豊似湖〜帯広〜新千歳空港
と一周すると、だいたい480kmになる。


そういう時は、新千歳空港から北海道入りして
帰りは とかち帯広空港 を使う、というのも
一考であろう。
これなら、約290kmで済む。



北海道には空港がたくさんあるので、
目的地に応じて行き帰りの空港を変えてみるのも
ひとつの方法だ。

移動時間の短縮に繋がるから、限られた時間を有効に
使うことができよう。

北海道では、距離感の違い を意識しておくことが重要なのだ。

道路標識の数字 を見るだけでは、ピンとこないかもしれないけれど。
(「浦河町の馬事資料館」おわり)
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2021年08月09日

浦河町の優駿の門

北海道浦河郡浦河町 の南東部に
ちょいと洒落た門がある。


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『優駿の門』という。

昭和の終わり頃に製作 された、なかなかに優雅な門である。




躍動する馬たちの様子が見事に造形されているのだが
少々高い位置にあるため、その細かな造りがやや見づらい。



船底に使う鉄板を切り出して製作したというのだから
結構大変な作業であったろう。


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当日はあいにくの曇天であったのだが
青空に生える駿馬たちは、なかなかに美しいはずだ。



日高山脈をバックに、
あるいは太平洋を背にして
良い写真スポットとなることであろう。



結構遠い、というのが、
ネックになるのかもしれないけれど。
(「浦河町の優駿の門」おわり)
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2021年08月06日

本別町歴史民俗資料館

北海道東部に位置する、中川郡本別町 に、
町営の 歴史民俗資料館 があった。


全国各地、いろいろな場所に「郷土博物館」とか「歴史資料館」といった施設があって、その地域の近代史を見ることができるようになっている。


仕事や旅行やその他で各地を訪れる際に、
たとえば昼休みとか、予定時間から余裕をもって到着した際、
早めに仕事が片付いた場合など、
この類の施設を見たくなるのは必定だ。


ここ、本別町にも役場の傍に施設があって、
しかも入場無料で(企画展は別)、サラッと見るには適していた。


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雪が写っているのは、訪れたのが春先だったからに他ならない。

今年の北海道は記録的猛暑で、
東京の酷暑を避けて札幌に移転したTOKYO2020の競歩、マラソンも
大正時代以来の真夏日連続記録を約一世紀ぶりに更新することになりそうで、
たいそう過酷なことになっている。

朝早くのスタートにも関わらず、
そもそも北海道ではほとんど無い熱帯夜になる勢いで
朝から既に暑いようだ(といっても、本州各地よりは少しはマシらしい)。

先回の東京オリンピックのように、
10月開催くらいがちょうど良かったに違いないのだが、
欧米のプロスポーツの競技日程などの都合だとかで
7月末〜8月上旬にせざるを得ないなどと言われていて
しかもその肝心の欧米で視聴率が悪いとかで。


競技の数日後には最高気温が10℃以上下がる予報になっているようで
全世界的なコロナ禍といい、1年延期といい、無観客開催、直前の日程変更など
この巡り合わせの悪さと言ったら、もう。

対応のまずさというものはあっただろうが、
もう「誰のせい」という範疇を超えた「不運」としか言いようのない
感じだと思うのである。



閑話休題。



さて本別。


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入り口脇には、化石や復元模型などが
ひっそりと置いてある。



中に入り、常設展のある2階へ上がる。



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開拓期からの農具のたぐい。


各地の資料館に同じもの、似たようなものがあるのだが
気候により、土質により、入植者の出身地により、
ちょっとずつ違うようである。
なかなか、興味深い。



昔の家屋の実物大復元模型もあって、
やはり水回りを真っ先に見ざるを得ない。


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給水設備は、井戸。以上。



排水はカメに溜めるだけだし、
照明もなく、囲炉裏で火を焚くだけ。


おおよそ「建築設備」などと呼ばれるものは一切ない、
そんな住宅。


断熱なんか、もちろん無い。


断熱サッシも、気密性能も、一切無い。


本別町は北海道の内陸部であるので、
夏は暑く、冬は寒い。

暑さは本州各地ほどではないかと思いきや、
8月5日には猛暑日を記録しているようだ。


気象庁の記録 を見ると、
冬は-30℃に迫ることもあるようで
厳しい気象条件である。


熱性能に優れ、建築設備に溢れた現代の建物の
ありがたみを感じる。


「せつび」の存在意義が如実にわかるから、
こういう資料館が好きなのだ、という要素も無いわけではない。



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この資料館では、テーマごとにコーナーが設けられていて
ある程度まとまった展示となっている。


無節操なばかりにひたすら羅列した施設、
すごくマニアックに同じようなものの微妙な違いを示した施設、
昔たいそうカネをかけたような、それでいてその後は放置のような施設、
いろいろあって、面白い。



このあたりになると、電話機などの「せつび」が出てくる。


あと50年もすると、いろんな「建築設備」が
過去の事物として紹介されてくることであろう。



コロナ下にあって、いろんな施設が臨時休館、閉館などに追い込まれ
見たくても見られない、そんな状況になっている。


今後の状況は全く見通せないけれど、
可能になっていたら、ぜひ見て回ってみたい。



緊急事態宣言や、まん延防止等重点措置下であっても?



ま、状況と地域によるだろう。



職員が他の業務の片手間に受付していて、
来館者が他にまったくいないような場所では
手洗い・消毒・マスクなどを適切に励行していれば
そうそう感染するものではなかろう。


移動手段にも注意する必要があるが。
というか、そっちのほうがリスクが高いことだろうから。
(「本別町歴史民俗資料館」おわり)
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2021年08月05日

日本最北の水田

イネは、熱帯の植物のはずだ。

けれども長年にわたる品種改良によって
時代とともに徐々にその作付けは北上して
北海道も今やかなりの稲作地となっている。



とは言え、北海道全域で作付けできる状態には
至っていない。



ではその北限はどこに?



国道232号線の、通称『オロロンライン』を留萌から北上していくと
遠別(えんべつ)町の市街地を過ぎたあたりに
「日本最北の水田」という案内看板が立っている。

国道から中川町へと抜ける道道119号を東行すると
「日本最北の水田入口」なる看板が見える。


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一瞬なので、うっかりしていると見落としてしまう。

googleでもyahooでも、スマホのナビをセットしておけば安心だろう。



この看板から北へ折れる。


500m先に、それがあるらしい。


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この看板の向かい側は牧草地。


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牧草ロールが転がしてあった。

水田、あるの?



500m先と書いてあったんだから、
あるんだろう。



農家の私有地? という感じの道を進んでいくと、
道に蛇が這っていたり、
農家のご主人らしき方が作業小屋で何かしておられたり、
そんなところを過ぎて進むと、
やがて突き当たる。


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あったで!



あの先のイネが、日本最北のイネなんや。


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あれが実ると、日本最北のコメになるんや。



立派な擬木看板が立てられていた。


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ご主人が自前で立てたと言うよりも
町が観光開発の一環として立てたという感じだろうか。

今までに見てきた道路標識も、そうなんだろうか。

それとも道道の看板は、道の予算で?



看板を最後まで読むと、「もち米生産地」と書いてあるので
うるち米ではないのかもしれない。



ここ、見たからと言って、
フツーの水田と特に何も変わりはない。

『最北』であることは、看板や地図を見てそれとわかるのみ。


でもね、それがいいじゃん。


いわゆる観光地観光地している場所も
それはそれで魅力があって楽しめるのだけれど
ひっそりと、それでいてしっかりと、そこにある
あんまりメジャーでない観光(?)地っていうのも
趣があっていいじゃないか。



今よりもずっと気象条件が厳しくて、農機も重機も肥料も農薬もない
そんな 大正7年(1918年) に
こんなに北の地で稲作を初めた佐藤さん、
口では言い表せない様々なご苦労をされたことであろう。


つくづく、昔のひとたちはスゴい。

その意気、その決断力、その行動力。
(「日本最北の水田」おわり)
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2021年06月25日

ここにも居たのか義経殿

『義経伝説』なんてものがあって。


今から800年以上も昔の出来事なのだけれど、
いろいろな物語の中で息づく、九郎判官源義経。



兄頼朝に追われ、東北から北海道へ、更に大陸に渡って
チンギス・ハーンとしてモンゴル帝国に君臨することとなった、
などの物語が存在している。
史実云々は一切抜きにして。



なんと、北海道東部にも、その足跡というか何というかが
残されているのである。



北海道本別町


町内に 本別公園 が整備されているのだが
公園にひときわ目立つのが 「義経の館」 である。


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この地に、義経と弁慶たちが逗留していたという伝説(?)を元に
建てられているのである。



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義経の家紋である笹竜胆が堂々と掲げられている。



「資料室」と称する部屋には、義経らの像が並べられ、
伝説が記された小冊子などが置かれていた。


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歴史資料的な価値は一切無いはずではあるが
面白いというか何というか。


ここまでやるか、という感も無くはない。



裏側には池が築造されていて
そちら側にも笹竜胆。


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電気の照明器具や、換気用のフードや、非常ベル、
ガラスやサッシや鉄の手すりなどはご愛嬌。

そもそも、鉄筋コンクリート造だし。



それっぽい雰囲気が出ていれば
良いのである。


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考古学的価値だとか、そういうものを求めている施設ではないのだから。



館の裏手にある、池。


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かぶと池、と称する。


兜の形、なんだそうだ。


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ボートなんかに乗ることができて
楽しい公園として遊ぶ場所なのである。



広場、キャンプ場なども整備されていて
広い広い北海道をドライブして回る場合に
宿泊地の候補の一つとして採用可能な場所でもある。



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冬は寒くてダメだろうけれど、
暖かい時期であれば、爽快な北の空気を味わうことができよう。



ただ、北の大地をナメたらダメである。
朝晩は、かなり冷え込む時がある。
それが何月であったとしても。



何月頃は、だいたいこんな気候



旅行ガイドなんかには、そんな情報も載っているものであるが、
北の大地ではあまりあてにしないほうが良い。


統計的に平均すればそうなのは間違いないのだけれど
日によって、年によって、変動がものすごく大きい。


週間予報なんかがあったとしても、
目的の日の気温予想なんかも毎日みるみる変わっていく。


低気圧や前線の動きなどで大まかなことはわかるのだけれど
ほんとうのところは、実際になってみないとわからない。



・夏なのに、すんごく寒くて風邪ひいた

・北海道は涼しいと思ってたのにむちゃくちゃ暑かった

・長袖を持っていくべきだった

・暖かい衣類も持っていったけど、全く不要だった



それらは、たまたま行ったその日がそうだっただけなのだ。

口コミなんかは、話半分に見ておくのが良かろう。


ああ、そういう日もあったんだなぁ。くらいに。



一期一会の体験。


それが、北の大地(に限らず、本来、旅とはそういうものだ)の楽しみ方なのである。



さて、義経伝説の地は、いかがであろうか。



なかなか、行くのは大変なのだけれど。

とにかく、距離があるから。どこから行くにしても。
(「ここにも居たのか義経殿」おわり)
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2021年06月06日

三石のコンブマン

新ひだか町の国道沿いに、道の駅がある。


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道の駅みついし である。



旧静内町が旧三石町と合併して新ひだか町が発足したのであるが
道の駅名は「みついし」のままになっている。



国道をはさんだ向こう側には牧場が広がっている。



時節柄もあって人の気配は、ほぼ無い。

国道を、たまに通過する車輌がある程度だ。



だから、道の駅もごくたまにトイレ利用者が寄るくらいのようだ。


売店関係も、閉店している。



その入口に置かれた「顔ハメ」


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新ひだか町特産の三石昆布のキャラクター コンブマン である。


女の子の「こぶねちゃん」もいるらしいのだけれど
ここには立っていなかった。



全国各地に ゆるキャラ がたくさん、ほんとにたくさん作られたけれど
知名度のあるキャラは、どのくらいあるものか。


マニアックなファンは存在するだろうから
そういう方向性を目指すのも良いかもしれない。


知ってました? コンブマン。


少なくとも、この記事を読んでくださったアナタは、
知ることとなったわけなのです。
(「三石のコンブマン」おわり)
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2021年06月02日

浦河町役場前の乗馬像

北海道浦河(うらかわ)町


日高振興局 が所在している町である。


北海道の中では、比較的温暖で積雪も少なく、
日高地方沿岸の多町と同様に、競走馬の生産が盛んな地でもある。


比較的地震が多い地域で、1ヶ月に1回は有感地震がある という。



そんな地の役場前。


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役場頂部に大きく刻印された町章が、……そんなに目立たない。
天候が悪かったから、余計にくすんでしまっていた。



地面を掘って何かを導入したような管……。


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高圧ケーブルか何か?



その役場前に、人馬一体のモニュメント。


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とにかく天気がよろしくないため、暗くてすみません。


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平成初めに行われた国体を記念したものだそうだ。


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目指していた「乗馬人口日本一」は、達成されたのかどうか。



あと200年くらい経つと、歴史遺産なんかになっているだろうか。
(「浦河町役場前の乗馬像」おわり)
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2021年05月30日

浦河の赤心社記念館

北海道浦河町に、ちょっと洋風の建物が、あった。



赤心社記念館 という。


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中も見てみたかったのだけれど、
常勤職員のいる施設ではないため
役場に連絡してわざわざ開けてもらわなくてはならない。


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なので、今回は内部見学は諦めて。

ここが主要目的だったら、何としても見るのだけれど
飽くまで「ついで」だったから。



明治21年に建てられ、いろいろな用途に使われ、移築され、
現在は資料館的な役割を担っているようである。


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明治初期に、北海道開拓を目的として日本各地から入植してきて
農業、牧畜、林業、商業、教育など、開拓に大いに貢献した、とある。



現代とて、たとえば愛媛から浦河までやってくるとして、
松山空港まで出てから新千歳空港まで飛び、
そこから陸路で2時間走らなければならない。


明治初期とあらば、そう簡単に辿り着くことは出来ず
陸路と海路を乗り継いで、何日かかったことやら。


故郷の地を離れ、(各々の出身地とくらべれば)極寒の蝦夷地に骨を埋める覚悟で出るとは
なんとも思い切ったことである。


北海道各地に「郷土資料館」的な施設が存在しているが、
それらに共通して見られるのは、開拓期の困難さ、苛烈さ。


現代社会に生きる人間が、とうてい耐え得るとは思われない
数々の試練を乗り越えて今の「北海道」を形作ってきたことがわかる。



もちろんそこには、先住民であるアイヌ民族はじめとする諸民族に対する理不尽な行為や
日本各地で食い詰めた者たちがやむにやまれず開拓民として投入された悲惨や
囚人を動員した強制労働による土木工事など
負の側面も多く内包している。



いろいろな過去の経緯があって、現在がある。



それは、一人の人生然り、国の歴史然り。
決して綺麗事だけではないし、といって全てが悪事であるわけもない。

この類の施設は、そんな事どもに思いを馳せる材料の一つである。



さて、側面を見ても、「せつび」的なものは一切見られない。


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ちょろっと寄っただけで、あんまりじっくり見渡さなかったのは
今思えばうっかりであった。


裏側も、見ておくべきであった。


当時のことだ。
石炭か薪のストーブくらいしか、無かったに違いないのだが。

現在であれば、灯油ストーブくらいは
置かれているのかもしれない。



戦時中には、援農活動として学徒動員されていたとか。


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現代は、ほんとうに恵まれた時代である。


今後はどうなるのか、わからないけれども。
(「浦河の赤心社記念館」おわり)
posted by けろ at 13:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月11日

何もない春です?

昔むかし、森という人が「何もない春です」と唄ったという地。


北海道の南端、ではないんだけれど、でも南端っぽいところ。


襟裳(えりも)岬である。



岬へつづく散策路の手前には、広い駐車場があるのだが
車はほとんど停まっていない。


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殺風景な、その地。



駐車場から南へ歩いていくと、
襟裳岬灯台がぽつんと存している。


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「何もない」なんてことはない。
現役で夜の海を照らす、灯台があるじゃない。


「真っ白な」と形容するにはいささか色気づいている(?)けれど。



北極でも南極でもなくて、「風極」を名乗る、
とてもとても風の強い地。


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実際この日も、たぶん普段よりは穏やかなんだろうけれど
やはり強いとしか表現しようのない風が当たり前のように吹いていた。



岬に沿って、遊歩道が整備されている。


大雪山系から日高山脈へと連なる連山が
眼前より更に南方の太平洋へと潜っていく場所である。


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この方向で見るならば、「逆さ北海道」になる。


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見ての通り、北海道の南端、ではない。
敢えて呼ぶならば、東南端、ということになろうか。



散策路は、海岸線のほうにも伸びている。


のだが、注意事項がある。


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コンブの漁場でもあるため
コンブ干場が至るところに設けられている。


そこには立ち入るな、ということだ。


ちゃんとわかるように表示・線引きがしてあるから
気をつけさえすれば大丈夫だ。


重要な生産現場なのだから
ただ眺めに行く者は路から外れること無く謹んで通るべし。

そういうことだ。



風雪に、波浪に晒されて、
徐々に地形が変わっていくのだろう。


かつて何がしかのモノが建っていたと思しき
コンクリートの残骸とともに
階段跡も姿を残している。


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日高山脈の海没現場を
同じ目線で見られる場所。


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目を凝らしてもわからないけれど
あの岩塊のところどころに
アザラシが群れ横たわって、しばしの休息をとっている、らしい。



何もない春です……というよりも、誰も居ない春です、という感じだけれど、
いやいやどうして、「何でも有る」のじゃないだろうか。


人間の便利や享楽や欲望に関わる一切は、確かにあんまり見当たらないかもしれない。


でも豊かな、そして厳しい自然と、
そこに手を伸ばし踏み入る者だけが得られる産物と、
文明社会に生きる人類があちこちに置き忘れてしまったすべてが
そこにある気がするのである。
(「何もない春です?」おわり)
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2021年04月27日

大阪歴史博物館

大阪に行った。しばらく以前のことだ。


NHK大阪放送局と球状のガラスアトリウムを介して隣接した、
大阪歴史博物館 が建っていた。


現在は、なかなか大変な時期ゆえ、
臨時休館となっているようだが。


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ガラス面とタイル面とのコントラストを際立たせた外観。

日本設計ほかによる共同設計 という。



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2本セットのスリット状の部分は、
ガラリの代わりか何か?
換気用のスペース、かもしれない。


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周囲にもそれなりに高層建築が建っているのだが
正面側の視界は結構開けている。


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南側には、難波宮跡が公園として整備されている様子が見える。


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舞台のように見える部分は、
難波宮大極殿跡である。


古い時代から、都として栄えていた地、なのだ。


現代は現代なりの都市化が進みきっている感じだ。



北東方向には、大阪城公園がある。


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少し上空の、この高さから見られるのは
なかなか絶景である。



北側には、大阪府警の本部庁舎が建っている。


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半円柱状の切り欠きが大胆だ。

黒川紀章氏の設計 だ。

氏の建築には、
ガラスの円柱や円錐を取り込んだ作品が多くあるように思う。

氏は、この完成を見ることなく世を去られたということである。



上層階のナナメの屋根は
雪が降ったら下部が大変なことになるのかもしれないが
この地はそんな気候ではないから大丈夫だ。



日本の歴史の中でも、かなり古い時代から栄えていた地で、
千数百年にわたる栄華を誇ってきた大阪。

そこにある「歴史博物館」で示される歴史は当然のことながら
たいそう長い期間のものなのだった。

エジプトや黄河など4千年とも5千年とも言われる期間と比べると
短いのかもしれないけれど
ここ日本の中においては、
多くの人々が都市を築いていた時期の長い
まさに「歴史的」な地であると言えよう。
(「大阪歴史博物館」おわり)
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2021年03月31日

空港が、寂しい

2020年3月以降、
世界が一変してしまったなぁ。



元々、そんなに海外に出ることはないけれど
国内の様子も激変したなぁ。



空港で目にする機体も
とても少ない気がするのだ。


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気がする、のではない。
明らかに、少ない。



当たり前だ。


国際便なんて、
もはや旅客ではなく貨物のためのものに
なっているかのようだ。



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首都圏の緊急事態宣言解除を受けて、
春の(初夏の?)陽気とともに
人出が増えている、とは言うけれど
まだそれは一部大都市圏のことだろう。


変異株の問題もあるから
人出が増えりゃいいってもんじゃないし
まだまだ長い戦いが続くのだろう。



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便数が少ないから、
機体あたりの搭乗率は
だいぶ上がってきたようだ。

「満席便」も時々あるようだ。



けれども、
ターミナル内にいる人は、
かつての状態に比べると
とても少ない。


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空を飛ぶメカである飛行機は、
飛ばさないからと言って放置してはおけないそうで
全然飛ばさなくても日々の整備費用はかかっていく。


昨年以降、
毎日毎日赤字がうず高く積み重なり続けているのだろう。



あんまり飛ばないから、
デッキで見ていても、あまり面白くないからか
デッキの人出も少ない。


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店の類も、休業・撤退してしまった所も多く
「にぎわい」には程遠い。


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羽田など主要空港では
ある程度人の流れが増えているようだ。



昨年も春や夏にも感染増があって
さて今年はどうなることやら。



この時期の新入生、新入社員の人たちは
何かと大変だろう。
受験生、就活生もかな。



でも、そもそもが「諸行無常」なんだろう。


先々の見通しなんて、
「立っている」なんて思っているのが勘違いなのだ。



ライフプランとか、人生設計とか、
今の状況が続くことを想定した予測なんて、
何かコトがあると全部吹っ飛んでしまう。


でも、だからこそ、
先々には可能性が満ちているのであって、
何かうまくいかない状況にあったとしても
悲観することはない。



観光客激増! 爆買い! インバウンド! オリンピック!


瞬間風速的に儲かった事実があったとしても、
そんなものは続きはしない。



観光客激減! 海外客ゼロ! 多額の借入金! 無観客!


激痛ではあるけれど、
そもそもが捕らぬ狸だったと言えるのかもしれない。



Que sera sera. ってやつ?


せつび業界も、そんなところかな。
(「空港が、寂しい」おわり)
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2021年03月12日

瀬戸と言えば、今や

瀬戸と言えば、せともの。


もちろん、それは今もその通りなのだが、
別のことがらでも注目を浴びる地となっている。



名鉄尾張瀬戸駅に隣接する パルティせと 1階にある
観光案内所入口に、思い切り貼ってある。


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天才たちの集合体である将棋界(囲碁界もそうだろうが)において
ひときわその天才性を示し続けている
藤井聡太王位棋聖の地元が、この瀬戸なのである。




パルティせと1階の吹き抜け部には、
大きな手書きの布が垂らしてあった。


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地元の中央駅に隣接する、公共・商業施設において
毎日これがあるとなると、
18歳の少年本人としてはどうなのか、
気になるところではあるけれど。

本人があまり気にしないのであれば
もちろんワタクシがどうこう言える筋合いのものではない。



なぜかアイリスオーヤマの箱に貼られた
中日新聞の号外や、市民による応援メッセージその他
かなりの扱いになっている。


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後ろにある 味鮮館、クッキーズ、みのや にとっては
良い宣伝になるかもしれないが、
その下に隠されてしまっているであろう店舗(や施設)から
苦情は来ないのだろうか?

大都会じゃないから、
そういう細かいことは気にされないのかもしれないし、
そんなことでケチつけるのも芸がないことだろう。


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史上最年少で棋聖のタイトルを奪取してのち、
同じく史上最年少で王位獲得し二冠、八段昇段、
その後も銀河戦、朝日杯でも優勝し、
日本将棋連盟の 棋戦のページ に4度名を連ねるという状態になっている。



せっかくなので、すぐ近くの 銀座通り商店街 にも足を伸ばしてみる。

ほんとうに昔ながらの商店街で、
コロナ下にあって人通りもまばらで閉店・休業している店も多く
「活気」にはほど通り感じではあったけれども
有名になった(?)シャッター大盤実況の実物を
見ることもできた。


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この時は、朝日杯決勝の投了図であった。



高校を中退し、棋戦に専念することとなった藤井二冠。

瀬戸市の希望の一つであることは、間違いない。


今後の活躍や、如何に!?
(「瀬戸と言えば、今や」おわり)
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2021年03月04日

近くで見た太陽の塔

写真や映像では良く目にしたものであるが、
実物を間近に見たのは初めてであった。


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近影が多いから、
こんなふうに木々に囲まれていることを、
高速道路に面して屹立していることを
知らなかった。


公園の中央口の正面に、鎮座していることを
知らなかった。


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2025年に開催が予定されている大阪万博だけれど
1970年に行われた前回大阪万博の遺物が
こんな広大な公園に残されているとは
素晴らしいことなんだと思うのだ。


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仕事帰り、
空港に向かう途中でちょこっと寄っただけなので
入園はしなかったのだけれども
また今度は、ちゃんと中を見る機会があるといいな。


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国立民族学博物館 なんて、
行ってみたくて涎が出そう。

3日、いや5日、できることなら10日間くらい
通い詰めてもいいかも、と思えるようなラインナップだ。



ああ、一度だけ行ったトーハクや
何度も行っている科博にもまた行きたいし。



ルーブルとか大英とかスミソニアンとか故宮とか
そういう有名どころも、とても食指をそそるし

それほど有名じゃないけれど数多ある博物館、資料館、展示館の
一つ一つが魅力的である。



行きたいところばっかりだっっ!
(「近くで見た太陽の塔」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする