2020年09月17日

瀬戸大橋記念館

瀬戸大橋記念公園の一角に、
瀬戸大橋記念館が建てられている。


20091701.JPG


ギリシャ神殿風のどっしりとしたファザードなのだが
間近にある橋が巨大ゆえ、むしろ小ぢんまりした感がある。


20091702.JPG


後ろに生えているのは、 瀬戸大橋タワー である。

地上108mまで、展望塔がぐるぐる回りながら上昇していく。

大人800円であるから、
都内各所の各施設に比べると、だいぶ安価に思えてくる。



記念館に入るとすぐ、「20世紀遺産」であることが
ガッツリとアピールされている。


20091703.JPG


記念館本体もそうだが、
中の展示物にもかなりカネをかけてある感じである。


20091704.JPG


この立体地図、作るのに幾らかかったんだろう?



まあでも、橋本体の建設費に比べたら
ほんのオマケ程度の費用、だったんだろう。



児島・坂出ルート全線の模型もあって
これがまた結構大きい。


20091705.JPG



瀬戸大橋が1988年に開通してから30年以上経つのであるが
展示物の維持、記念館自体の維持には結構カネがかかっているはずだが
入館無料だ。



屋上から、瀬戸内を望むことができる。


20091706.JPG


小島がたくさん浮かぶ海。


海上の交通量も、かなりある。



館内、「せつび」にも目を向ける。


20091707.JPG


照明器具は、たぶん取り替えられているに違いない。



ダクトや配管は、
当初建築のままかもしれない。


20091708.JPG


これくらい簡易な天井仕上げだと、
せつび関係がよく見えて良い。


20091709.JPG


よく見えるかわりに、
見映え良く仕上げなくちゃならないから
作る人たちは手間が増えて大変なのだけれど。



でも、天井裏に隠されてしまって日の目を見ないのも
どうかと思うんだ。


こういう、見える施設があっても、いいと思うんだ。


だって、確かに存在していて、働いていて、
役に立っているんだから。


ね。



この公園は、香川県が管理運営(実際には委託管理だろうけれど)しているようだ。


というのも、マンホールの蓋が、県章付きだから。


20091710.JPG


カタカナの「カ」 だよね、見るからに。

うどん、じゃないんだね。

って、県HPのトップは
県章じゃなくて うどんの図案 だけれど……。




うどん県だから、しゃーないか。
(「瀬戸大橋記念館」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月13日

閑散としている観光地

いろんなパンフに、ご当地紹介に載っている構図。


20091301.JPG


なんか、人、少なくない?


前は、もっと人で溢れていたよね?



日本中、いや、世界中が
こんなふうになっているんだろう。



インバウンド、なにそれ? 状態。



人の流れが停止し、
経済が縮小し、
活気が失せ、
沈滞していく。


それでも持続するには、
どうしたらいい?


そんな中でも、
将来を見据えていこうとしたら
どんな画を描く?



あらゆるイベントが、
中止、限定縮小開催、リモートになって
とにかく人が動かない。


GO TO、
取り仕切る役割の企業が儲けるだけに、終わらない?
某巨大広告宣伝企業みたいな……。



いろいろ注意・配慮は必要ではあるけれど
経済、回さんよヤバいぜよ。

新型コロナによる犠牲者よりも
遥かに多くの経済的要因による犠牲者が出てしまうぜよ。


こういう時、ノーベル経済学賞受賞者はどんな成果を発揮する?

主催者が違うから、物理・化学・医学生理学賞と同じような貢献にはならない?



必要あって、ポツ、ポツと各地に出るけれど
どこもかしこも、明らかに人が少ない感じ。


さぁて、どうする? 新首相!?

新野党党首も、ね。
ここでイニシアチブを取ってこその、存在意義じゃね?
(「閑散としている観光地」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月04日

北国の国立博物館

『民族共生象徴空間』ウポポイで何がメインかと決めるのは
本来は難しいのだと思うのだが
存在感を放っているのは何と言っても『国立アイヌ民族博物館』である。


20090401.JPG


中央付近から入ると思いきや、
画像で一番右端がエントランスになっている。


20090402.JPG


なんか、エントランスっぽくない。



でも、ちゃんと館名表示があるのだ。


20090403.jpg

第一言語は、アイヌ語(のカタカナ表記)なのである。
第二言語の日本語以降、英語、簡体字、繁体字、ハングルの順に
表示がある。


館内、基本的にこういう表記なのである。

現況では、ほぼ国外からの訪問者は居ないのだけれど。
(若干、定住外国人らしき人々は、歩いている)


博物館の入館もすべて込みの入園料であるから、追加で入館料を払うわけではない。


館内、2階のガラス面から外を見ると、
体験交流ホールやポロト湖が一望できる。


20090404.JPG


ガラスが斜めに取り付けられているため、
管内の反射光で外が見にくくなったりしない。



博物館展示には撮影禁止のものもある。

撮影可能な展示の一部をご紹介する。


20090405.JPG


食の展示。

飽くまで模型なのだが、実物(風のもの)は、
一昨日ご紹介したような施設で食することができる。



20090406.JPG


イヨマンテの説明である。


他の感覚からすると、かなり残虐なものに思える儀式であるが
どの民族にとっても他の民族の何かしらはそんなものである。


20090407.JPG


さまざなま展示の説明にも、アイヌ語(カタカナ表記)が付されているのだが
さて、果たしてこれを読み理解できる人がどのくらい存在するのか……。


ただ、目的は違うのだ。だから、それで構わない。


ただの文字の羅列ではなくて、一つの文化背景を持った言語であって
消滅しかけていたものを復元・再興しつつあるのだと感じることができれば
それはそれで意味があろう。

数千年の時を経て復活させた言語であるヘブライ語という事例があるのだから
不可能・無意味ということはできまい。



古代から現代日本に繋がるところまで展示されていて
アイヌ民族にルーツを持つ方々が現代日本で取り組んでいることの一端も
紹介されていた。


20090408.JPG


エレキ・トンコリ。


現代技術や他文化と融合しつつ、オリジナルのエキスも失わない、
そういう『変遷する文化』は
過去の遺物ではなくて現代に息づく生きた存在として
継続していくものであって然るべきだと思うのだ。



この国立の博物館についても、
造詣のある方々、ルーツを持つ方々、諸外国の先住民族の方々から
いろいろな意見が表出されよう。

賛否両論、あろう。

それはそうだ。

決して、簡単な、単純な、表層的なものではないのだから。



非常に入り組んでいて、凄惨で、複雑で、根の深い課題を多く内包した
そういうものなのだから。



『北海道旧土人保護法』


明治32年に制定された法律が廃止されたのは、平成9年である。



侵略・迫害・差別した側の「国」が建てた博物館ゆえ
それらの負の歴史に関する言及があまりに少ない・薄められている
そういう批判が出たとしても、致し方ない面があるのではなかろうか。


「民族共生」を謳いながら、
結局「和人」の一方的な施策になっていないか?

そういう疑問が呈されるかもしれないが、それも現時点ではやむをえまい。



いろいろな課題を抱えつつも、
スタートした『ウポポイ』。

計画・建設した国の担当部署も、ただの「ハコモノ」として形だけ整備した
というわけではあるまいから、今後もいろいろな取り組みを進めていくことであろう。

国に先立って従来より取り組んできた自治体「北海道」も
国と意見交換、時には対立しつつ、今後も取り組み続けていくことであろう。



和人と一切の接触のない「純血」のアイヌ民族という存在は
もはや無いのかもしれないけれど、
それぞれのルーツを意識した上で『民族』について思いを馳せ
文化を受け継いでいく人たちも現れてこよう。



「日本は単一民族国家である」

そういう発言も普通になされていた時代から、
1つ、2つと進んでいくことであろう。



東京国立博物館 や 国立科学博物館 の
圧倒的展示量と入館料と比較して「高い」「ちゃっちい」と感じる方も
おられるかもしれない。


それでも。



北海道白老の地に、今年、造られたこと。

トーハクや科博とはまた違った面で
多くの思索と考察を得られる場所でもあるのだ。



倍々ゲームで増えていった外国人観光客がほぼ皆無の現在こそ、
落ち着いて堪能できる良い機会なのではないだろうか!
(「北国の国立博物館」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月02日

『ウポポイ』とは『(大勢で)歌うこと』なのだ

北海道白老町に、国立の『民族共生象徴空間』が造られた。


いかにも役所言葉っぽい命名である。


それじゃ、あんまりなので、『ウポポイ』という名称がつけられている。
『(大勢で)歌うこと』という意味なのだそうだ。
当然、アイヌ語で。


なんで、役所関係って、正式名称と愛称とを併記したがるんだろうかね。


20090201.JPG


それはさておき。



もともと、「ポロト湖」周辺にはアイヌ民族関係の観光施設があったのであるが
全世界的な先住民族尊重の流れに追いつこうとしてなのかどうか、
日本国の先住民族の一つであるアイヌ民族に関する施策が進められるようになってきた。



アイヌ民族出身の初めての国会議員であった 萱野茂 氏 は平取町出身であり、
礼文島、阿寒湖など北海道内各所にアイヌ民族ゆかりの地があるのであるが、
それらの中から白老町が選ばれて、国立の施設が設けられることとなった。



そうなった経緯はよく知らないけれど、
またコロナ禍により当初予定よりもだいぶ遅れたようだけれど、
とにかくオープンしたのである。



駐車場からエントランスに通じる「いざないの回廊」


20090202.JPG


無駄にぐにゃぐにゃ曲がっていると感じるのは
目下の状況にあって入場が制限されているためであろう。

東京オリンピックが当初の予定通り開催され
国内外から先住民族に関心のある大勢の観光客が訪れ
駐車場から、あるいはシャトルバスから列をなしてやってくるときに
その人波を整理するために重要なものであるという位置づけなのであろう。


「回廊」を歩いていると、鳥の音が。


おお!



っと思ったのも束の間、なんじゃこりゃぁ。



スピーカーから出ている音でしたとさ。



まあ、それもさておき。



案内図は、こうである。


20090203.JPG


広いと見るか、それほどでもないと見るか、
感じ方はそれぞれであろう。

ワタクシとしては、だいたいこのくらいかな、という
イメージ通りの感覚。



「歓迎の広場」「エントランス棟」までは、ゲートの外である。
無料ゾーン、とでも言えようか。



「歓迎の広場」にある、物販店舗。


20090204.JPG


このご時世、当初期待していたような客の入りではあるまい。

その点は、気の毒である。



ちなみに、接地工事はしっかり行われているようであった。


20090205.JPG



同じく、飲食店舗。


20090206.JPG



アイヌ料理風のメニューが置いてあるのだ。


20090207.JPG


飽くまで「風」に違いないのだけれど
「食」も文化風俗を表す重要な要素の一つであるからして
ただ展示を見る他に、このような形の出店があっても良いのではないかと
ワタクシは思う。


まあ、観光地価格、であることは否めない気がするが。



扇状の2棟のエントランス棟に挟まれた、円形の空間。


20090208.JPG


この先、入退場ゲートを通る前に
団体客(修学旅行生なども期待しているようだ)が集合できる
スペースとなっている。


エントランス棟内には、物販店舗や飲食店舗のほかに
大勢を対象に説明できるようなセミナールーム的なスペースや
規模の大きなトイレなどがある。



その先、ここが入退場ゲートである。


20090209.JPG


有料ゾーン側から撮っちゃったけれど。



園内マップの下にタイムテーブルとあるのは
園内各所で行われるプログラムの内容と時間を書いたものだ。

全部観て回ると、結構時間を要する。



エントランス棟上部には、照明器具。


20090210.JPG


園内では、夜間にプロジェクションマッピングが行われる。

そんな際に、使用されるのかどうか。

訪れたのは昼間だったので、定かではない。



エントランス棟のレストランを、園内から見る。


20090211.JPG



もちょっと引くと、水場越しにこんな感じになる。


20090212.JPG



なんとなく、雰囲気はわかっていただけるであろうか。


公式ホームページ や報道その他、
詳細な説明があるのでご興味のある方はご覧いただきたい。
(「『ウポポイ』とは『(大勢で)歌うこと』なのだ」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月29日

おとふけでも豚丼

北海道音更(おとふけ)町。


国道241号沿いに、ちょっと変わった意匠・構造の建物。


20072901.JPG


道の駅おとふけ である。



トラス梁が、外に出ているのだ。

外骨格なのだ。

エビ・カニや、昆虫みたいな構造なのだ。



それはともかく。



この道の駅のちょっと北に、豚丼店 があって。



帯広市内だけではなくて、
北隣の音更町だってやっぱり豚丼なのである。


20072902.JPG


ああ、豚ばっかり食ってるかも。



でも、美味いし。
(「おとふけでも豚丼」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月26日

似鳥美術館

おねだん以上、の会社が運営する 美術館 である。


20072601.JPG

会社名はカタカナで書いてあるが、創業者の姓がそのまま使用されているのである。
「トヨタ」「スズキ」「ニッタ」などと同じ、かな。


20072602.JPG


旧北海道拓殖銀行小樽支店の建物は、改装されてホテルとして使用されていた時期もあったが、現在は美術館となっている。


20072603.JPG

展示されている美術品とともに、建物自体が美術的価値を持つ歴史的建造物として保存されている。

公営ではなく、一企業によるものである。


メセナ と言えるような気もするのだが、 協議会 のメンバーではないようだ。


20072604.JPG

この美術館の向かい側には小樽郵便局が建っている。


20072605.JPG


こちらはかなり新しい建物なのだが、周囲にある建物を意識した意匠となっている。



エントランスを入ると、チケットカウンターとミュージアムショップがあって
そこから展示室へと入っていく。


最初の展示室は、 ルイス・C・ティファニー ステンドグラスギャラリー である。


20072606.JPG


あの「ティファニー」創業者の息子なのだそうだ。



床面には、元々の建物の意匠と思われる地図などが残されている。


20072607.JPG


神々しいばかりの鮮やかなステンドグラスが、
展示室いっぱいに並んでいる。


20072608.JPG


アメリカにおけるアール・ヌーヴォーの第一人者、ということで
かなり複雑な技法が組み合わされている作品群である。
(ニュー・アート、って言わないんだね、アメリカなのに)


20072609.JPG

普通に「ステンドグラス」と聞いて連想するような、
のっぺりした色彩ではなくて、
濃淡やグラデーションのある、不思議な表現がなされている。



平面ですら、ない。


20072610.JPG


立体的なガラス表現になっているのであった。



こんな色合いは、一体どうやって出しているのだろう?


20072611.JPG



天使の羽根部分を表現するために、
一般的な「ガラス + 描画」という手法を取ると、右側のような仕上がりになるが、


20072612.JPG


ティファニーの技法によれば、左側のようになる、というのである。



平面だけではなくて、立体的なガラスを使用し、
いろいろな彩色を施したものを幾重にも重ねて
光の透過具合を計算に入れた表現をしているのだという例が
展示されていた。


20072613.JPG


1枚のガラス、ではなかったのである。


非常に凝った造りなのであった。


北海道の地方都市に、これらが所蔵されているのである。



2〜4階の絵画と彫刻は、撮影禁止である。よって、画像はない。
ぜひご自身で訪れて確かめてみていただきたい。


1階のステンドグラスも、WEB上ではとうてい伝わらない
現物の迫力があるものであるが。



この建物の階段も、味わい深い。

昔の、人造大理石の仕上げとなっている。


20072614.JPG



地階の アールヌーヴォー・アールデコ グラスギャラリー も
撮影可能だ。
(撮影可能場所も、フラッシュは禁止であるが)



さまざまなガラス細工が、数多く並べられている。


20072615.JPG


地震が、心配だ。

だが地下だから、少なくとも地上よりは揺れが少ないはずだ。



20072616.JPG



ランプの類の豊富なことと言ったら……。



20072617.JPG


総額一体幾らになるのやら、などという野暮なことは言うまい。
(言ってる……)


入館料は、一般1,500円である。

国立博物館の充実度と比べたら高いと感じられるのかもしれないが、
民営であれば十分なのではないだろうか。



小樽芸術村」 の3館共通券であれば 2,000円 なのだ。
十分にその価値があると言えよう。



各地には、地元の名産・特産だけではなくて
このような形の施設が点在している。


時間のゆるす限り、見て回りたいものである。



やはり、人生は1000年くらいあっても、足りないだろう。
(「似鳥美術館」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月22日

小樽駅横の三角市場

北海道小樽市。


かつては、海路北海道入りする人たちの玄関口であった。

漁業が盛んであるとともに、金融街の趣を成し、
ロシアはじめ諸外国との交易も盛んであったという。



函館本線小樽駅 があり、札樽自動車道(E5A)の インターチェンジ もあって
港には日本海航路の フェリー もやってくる。



道都が札幌市となり、ニシンが姿を消し、
石炭から石油へとエネルギー転換が進み、
自動車社会になるにつれて、
賑わいが徐々に失われてきた。



やがて、観光需要が高まって、
埋め立てに反対して運河を保存したことも吉となり、
国内から、そして国外から多くの観光客を呼び寄せる地となった。



ところが、このコロナ禍によって多大なる影響を受けている。
恐らく世界中の観光地がそうであるように。



政府提唱の怪しいキャンペーンのいかんに関わらず、
可能であればいろいろな地を訪れ、味わい、楽しんだら良いと思う。

可能であれば。


「対策」が必要であることはもちろんだが。



各地で激しい豪雨をもたらしている梅雨も、やがて終わる。

その後には、厳しい暑熱が各地を覆う。

ちょっくら、北の大地で涼んでみてはいかがだろうか!



歌人の石川啄木が、3ヶ月ほど小樽日報社記者として働いていた。
退社後釧路に向かう彼を見送る妻子についてうたった歌の 歌碑 が
駅横に立てられている。


20072201.JPG



その歌碑の間近にある 三角市場 。


見た感じ、あんまり流行っているようには見えない。


20072202.JPG


けれどそれは、溢れんばかりに押し寄せていた観光客が、
コロナ禍によってパッタリ来なくなってしまったためなのである。


外出・移動の自粛が解除されてから、
国内客はちょっとだけ訪れるようになっているという。

外国人のような方も、ちらほら。
仕事その他で日本在住である方々なのであろう。

それでも、このように誰も写らない写真が簡単に撮れるくらい
人が少ない。


そのおかげ、と言ったら店の方々には申し訳ないかもしれないが、
並ぶことなく余裕で入り、着席し、目当てのモノを食することができた。



そういう意味では、日本人が観光を愉しむには
絶好の機会と言えなくもない。


20072203.JPG


わがまま3品丼(普通サイズ)2,000円(+税)


「3品」は選べるのである。
上の画像は、ウニ、カニ、イカ。

高いと思うか、安いと思うか。


でも都内で同じ質のものを食べようと思ったら、
値段が倍するんじゃないだろうか?

でも交通費その他を考えると、別にお得なわけじゃないか。

それでも、いやあ、とにかく美味いのでいいんじゃないかな。



ともかくも。いろんなアクセスが良いので、
行きやすいはずだ。
(「小樽駅横の三角市場」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月16日

漁村群

北海道開拓の村の、漁村群。



今でも農林水産物が豊富な北海道であるが、
ニシン漁などが盛んであった頃は、相当に羽振りの良い漁師たちが多かったようである。

そんな遺構が、この村にも多く集められている。




20071601.JPG


旧土屋家はねだし」というものらしい。


文字通り、水辺に「はねだし」て、獲れたものや資材などの
上げ下げをしていたようだ。


脚の部分、ちゃんと造らないと怖い気もするが
そういう技術者・職人もちゃんと存在していたんだろう。



旧青山家漁家住宅。


20071602.JPG


この頃の漁師の家は、御殿 のようなものも見られる。

北海道の日本海沿いに、いくつか遺されている。



ここの基礎も、レンガのようだ。


20071603.JPG



釜焚き作業の現場も再現されていて、


20071604.JPG


こんなふうに作業されていたんだという解説図とともに興味深い。


20071605.JPG



文字通り「釜」で焚いていた場所。


20071606.JPG


ニシンは食するものではなくて
潰して絞って油を採るものであった……とは
何とも贅沢な話である。


20071607.JPG



現代では高級食材である「数の子」も
当時はただの生ゴミでしかなかったくらいに
大量にあったということだ。



乱獲が祟ったか気候変動の影響か
その後まったく獲れなくなって高級化したニシンも、
稚魚放流などの施策の効果かどうか、
近年になって「群来(くき)」が再来する ようになって
関係者が快哉を叫んでいるという。



コロナ禍でロックダウンされた各地で
水や空気が澄んできたり、野生生物の活動が活発化したり、
「禍」は人類以外にとって「福」だったと捉えられるのかもしれないが
可能であれば共存したいものだと思ってみたり。

まあ無理かな、と諦念してみたり。
(「漁村群」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月09日

北海道開拓の村

札幌市厚別(あつべつ)区のはずれに、
北海道開拓の村」 という施設がある。


明治村 の北海道版、といったところか。



本州各地に比べると近代文明の歴史は浅いのかもしれないけれど
北海道開拓の歴史を移築した実物で辿ることの出来る場所なのである。



もっとも先住の人々にとっては「開拓」ではなくて「侵略」の歴史であって
多面的捉え方を要する事項であったりもする。



しかしながら、そのあたりの難しさは常に抱えつつも、
この地が経験してきた歴史の一部を切り取ったものには違いなく、
「事実」の検証と解釈とは経過した時間とともに変遷するものであるとも言えよう。



20070901.JPG


村のエントランスの建物自体が、移築建築物である。



20070902.JPG


旧札幌停車場。1908年完成の、三代目札幌駅舎であるという。



20070903.JPG


洋風の要素を多分に持ちつつも、
和風の風貌も漂わせる、そんな洋館。



明治村には及ぶべくもなかろうが、
多くの建物が移築・保存されている。


20070904.JPG



入口広場の左手には、
旧開拓使札幌本庁舎。


20070905.JPG


開拓使の星マークがはためく。

ビジターセンターとして使用されている。



20070906.JPG


旧浦河支庁庁舎。

木製の電柱や外灯が、当時のもの風になっている。



20070907.JPG


旧小樽新聞社社屋。

北海道内には巨大火山がいくつもあって、
そこから噴出された多量の火山灰が広大な範囲に堆積している。

それらによって形成された溶結凝灰岩が、各地の石造建築の資材となっているのだ。


この社屋は「札幌軟石」を積み上げて造られているという。



さて、この村内には鉄道が走っている。


20070908.JPG


単線の鉄路が敷いてあり、この小ぢんまりとした車両が往来する。



動力は……馬力である。


20070909.JPG


鉄道が「走っている」というよりは、「歩いている」かな。


20070910.JPG


園内周遊はできないが、ずうっと奥まで歩いて行ってこれに乗って帰ってくるか、
まずはこれに乗って奥まで行って、そぞろ歩きで戻ってくるか、
そういう使い方もできよう。


20070911.JPG


この手の施設は、
行った1日だけで念入りに見尽くそうとするよりは
ある程度見て、残りは次の機会に……くらいに考えておくのが良いかもしれない。

2〜3日かけて見て回る時間的余裕があるなら、
それもよかろう。



忙しい中で苦労して休みを取ったから、
頑張って半日で全部見て回って、違う観光地にも行って……
まあ、そういうお方もおられるだろうから、
事情に合わせて愉しめばよかろう。



旅は「回る」ことが目的なのではなくて、
「愉しむ」ことにこそ主眼を置いたら良いと、
ワタクシは思うのである。
(「北海道開拓の村」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月25日

さっぽろ湖は定山渓ダムなのだが

「さっぽろ湖」なる湖がある。

札幌市南区にある、人造湖である。


温泉街の近く、定山渓(じょうざんけい)ダムにより形成されている
ダム湖である。


20062501.JPG


このダム湖に沿って、道道1号線(北海「道」の道だから、道道)が伸び、
ところどころに展望台が設けられている。



雪解けの頃、若葉が出てくる前には
湖景が比較的良く見える。


20062502.JPG

葉が生い茂ってしまうと、視界は遮られてこよう。



ダム湖であるから、その時その時の降雨状況により
水位は高かったり低かったりする。

この時には、どうやら貯水量は少なめであったようだ。


20062503.JPG



小樽内川を堰き止める、定山渓ダム。

これによって形成された、さっぽろ湖



同じ区内には
豊平(とよひら)川を堰き止める、豊平峡(ほうへいきょう)ダム、というものもある。

そして紛らわしいのであるが、豊平峡ダムにより形成されているのが
定山(じょうざん)湖、である。

なぜこのように命名されたのか……。

どうやら、豊平峡ダム建設時に、定山渓温泉の観光振興を願ってつけられた湖名のようだ。
その後、定山渓ダムが出来てしまったために、少々ややこしくなった……と。


ともかくも、これらのダムの周囲は、
紅葉が大層綺麗なところである。

大渋滞を覚悟すれば、見に行くことができる。

ただし、本州各地よりはだいぶ時期が早いので、注意。
(「さっぽろ湖は定山渓ダムなのだが」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月12日

帯広駅南口

閑散とした、帯広駅南口。


20061201.JPG

日本中から、世界中から、
大勢の人たちがやってきていたのに、
今やすっかり寂しくなってしまった。



JR北海道、
なんとか頑張ってほしいのだけれど。



20061202.JPG



なんか、帯広に用事があるたんびに
豚丼食ってる気がする。
(「帯広駅南口」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月08日

十勝平野の洋菓子工場〜柳月

北海道東部では、多くの農作物が生産されている。

からなのかどうか、十勝地方には洋菓子店がいくつもある。

「スイーツ王国十勝」を名乗って、宣伝している。



特に大きなのが、六花亭 と 柳月 ではなかろうか。



道東自動車道の帯広・音更IC至近にある、
柳月スイートピア・ガーデン


20060801.JPG


城のような外観が特徴の、洋菓子工場である。

見ての通り、観光バスも乗り付ける、観光スポットの1つとなっている。



1階は、店舗とカフェ。
お菓子作りの体験工房も設けられている。

主力商品の一つ、
白樺を象ったバウムクーヘン「三方六」の「お買い得商品」が人気で
開店前から列ができて、整理券配布が行われるという。



2階に上がる階段。


20060802.JPG



2階では、工場内の様子を垣間見ることができる。


20060803.JPG


これは、三方六の模型。


20060804.JPG



この日見られたのは、
「あんバタサン」「まろん」の製造ライン。


20060805.JPG


そして、三方六。


20060806.JPG


ここは、動いていなかった。


20060807.JPG

いくつも商品があってたくさんのラインがある中、
見られるのはたぶんそのうちのごく一部。


ちょっとしたパネルと、動画説明も用意されている。


20060808.JPG



北海道十勝地方には、「食」に関するモノがたくさんある。


と言っても、人間が一度に食べられる量には限りがあるから
いろいろ楽しみたいと思えば、
何日も滞在するか、何度も行くか、ということになる。


3、4日の滞在で、何回も行くのが良いんじゃないだろうか。


コロナ禍で、外国人観光客がほぼゼロになっている現在、
コロナ前だったら激混みだったところも比較的空いている。


今が、チャンスかもしれないのです!
(「十勝平野の洋菓子工場〜柳月」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月04日

逆さ北海道

北海道を東西に伸びる、
道東自動車道。


その途中、
日高山脈を貫くあたりに
占冠パーキングエリアがある。


「占冠」は、「しむかっぷ」と読む。


「冠」と書いて「かっぷ」と読ませる。
英語、じゃん。

……と思ったけれど、「かっぷ」なら「盃」「杯」じゃない?
「冠」なら「くらうん」じゃない?


アイヌ語起源の地名が多い地であるが
当て字の仕方にはいろいろあって、
地名探索はなかなか楽しい。



それはともかく。


PAに掲げられていた地図は、
南が上の「逆さ北海道」であった。



20060401.JPG



地図は、「上が北」というのが一般的なのではあるが
住宅街の一角にある住宅地図などでは
どの方角が上かは、まちまちだ。


見る人が、まさに今向いている方角を上にした表示も多い。



見慣れた地図も、
方角を変えてみるとまた違ったものに見えてくるのではないだろうか。



そうなのだ。



見慣れた景色、
見慣れた人物、
見慣れた建物であっても、
視点を変えると、違った見え方になる場合があるのだ。



今般のコロナ騒動も然りである。



どのような視点で見ているだろうか。

そして、別の視点は、無いだろうか。



視点なぞ、星の数ほどあるのである。

それぞれの視点から視えるものが、
かなり違っていたりするのである。 なんて。



逆さ日本地図 なんてものもあるので、
見てみたら愉しからんや。
(「逆さ北海道」おわり)
posted by けろ at 13:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月14日

三浦綾子記念文学館

旭川市の外れ。


「見本林」という場所がある。



『旭川市外国樹種見本林』というのが正式な名称で
明治31年に植栽されたのだという。


20041401.JPG


多くの外国樹種が植えられ、今は立派に聳えているのだが
近くを流れる美瑛川とともに自然豊かな散策場所として
親しまれている、という。


その一角に、三浦綾子記念文学館 が建っている。



20041402.JPG


あまり三浦氏のことを知らなくても、
『氷点』という作品名は、
どこかしらで耳にしたことがあるかもしれない。

何度も何度も、
ドラマ化、映画化されてきた。

時代を超えて普遍的な、愛憎劇である。
そして「人間」を、深く抉る。



三浦氏は、若い頃教員として過ごし、
敗戦を迎え、社会の価値観の大転換に面食らい、
そして結核を患い……と、波乱の半生を歩んだ。


40歳を過ぎてから懸賞小説に応募して後、
作家としての歩みを始める。


そんな、氏の足跡が展示されている場所なのである。



20041403.JPG



この類の箱物は、地元自治体によって整備されたり
するものであるが、
ここは民営の施設である。


20041404.JPG



北国の情景に馴染む、
洒落た造りである。



20041405.JPG



「文学館」とは、何を展示するのか……。



博物館にも書の展示があったりするが、
文学館は「文」がモノを言う。

そんな、展示。



20041406.JPG


氏が遺した数々の作品中から、
さまざまな文が並べられている。


20041407.JPG



令和の時代からみると、
少々古めかしい文体と感じる向きもあるかもしれないが
「重み」のある作中のセリフが、妙にしっくりと来る。


20041408.JPG


展示室を仕切る暖簾にも、
作中の言葉。



小ぢんまりとした建物の2階から
ホールを見下ろす。


20041409.JPG



星、雪、といったモチーフが
基本デザインとなっているようである。



吹き抜けの上部は、
明かり窓である。


20041410.JPG


吹出口のノズルや
間接照明という部分に
「せつび」を感じるだろうか。



たびたび展示替えをしているようである。


20041411.JPG



階段踊り場の窓から
見本林が見える。


20041412.JPG



天井に並ぶ、「せつび」の数々。



20041413.JPG


結構にぎやかではあるが、
展示の邪魔をしている感はない。


設計の段階で、
また現場の途中で、
建設に関わった方々の苦労が
いろいろとあったのであろう。



だいぶ前の、日本。

それでも、明治や大正ではなくて
昭和の時代の日本。

そのあたりを体感するのに
良い施設ではないだろうか。



「郷土資料館」的なところだと、
一気に江戸時代くらいまで遡ってしまうから。



旭川といえば、旭山動物園 かもしれないけれど
こんな文学館も訪ねてみてはいかがであろうか。
(「三浦綾子記念文学館」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月13日

小樽祝津パノラマ展望台

おたる水族館から坂を登っていくと、
そこに展望台がある。


「台」といっても、駐車場広場であるが。
標高70.9mということで、
十分な高さを有している。



360度、は言いすぎだけど、
200度くらい? 見晴らしの良い場所だ。


20041301.JPG

近くの海上を進む漁船と、
遠方の対岸に白く聳えるのは、
暑寒別などの山塊か。


空の青さ、海の碧さ、山の裾野の蒼さ、
色合いの違いが楽しい。



反対側、積丹方向を見るとそこは崖であり、
その上になんとホテルが建っている。


20041302.JPG

相当に、見晴らしが良さそうだ。



少し目を凝らすと、積丹の山々が
白く冠しているのが見えた。


20041303.JPG


「シャコタン・ブルー」と称される海の碧さは
北国らしからぬ色合いである。



下方を見下ろすと、
海岸には「おたる水族館」、
岬の先端には「日和山灯台」、
その手前には「鰊(にしん)御殿」が並んでいる。


20041304.JPG

風が寒くさえなければ、
なかなかに絶景だ。


長い時間、
ぼおっと眺めていてもよさそう。



追分節名歌碑が、建っている。

20041305.JPG
結構、でかい。



もひとつ、北海浜節民謡碑もある。
(写真を撮ってない)



コロナ禍が治まったら、
こんなところを巡ってみるのもよかろう。



治まったら……今の業務停滞を取り戻さなくちゃならないから
そんな暇はないかな。

どうかな。
(「小樽祝津パノラマ展望台」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月09日

白石郷土館

札幌市白石(しろいし)区役所の一角に
「白石郷土館」というスペースがある。



この「白石」の地域がどのように開拓されていったか
パネルでの説明が中心となっている。


20040901.JPG


元々は、その名の通りに
磐城国、白石からの入植者によって開拓が始められた地なのである。


20040902.JPG


基本的に、このようなパネルがたくさん並べられている。


大型の本を読む、そういう感じだと思えばよかろう。



全パネルを紹介するわけにもいかないので、
抜粋で。


20040903.JPG


明治初期、現代のような文明の利器が無い時代に、
遠路はるばる北海道まできてゼロから開拓する。


いったい、どれほどの覚悟が要ったことだろうか。


特に、冬の寒さたるや、
東北の人にとっても一段違うと感じられたのではなかろうか。



そんな苦労が、書かれている。



いわゆる「郷土史料館」的な施設には、
その当時の家屋復元や道具が並べられているものであるが
ここにはあまり多くない。

「本のページ」がパネルになっている、
そんな感じの説明が続く。



20040904.JPG


開拓にも、いろいろな形態があったことがわかる。


白石の隣、厚別(あつべつ)についての言及もある。



アメリカに渡り、牧場経営を会得し、
北海道で酪農を始める……。


20040905.JPG


現代も、いろいろとすごい人はいるのであるが、
明治期のそういう人材は、ものすごく多いのではなかろうか。


そういう人たちの血と汗と涙の結果、
現代日本があるのであろう。



20040906.JPG


北海道と言えば、かつては「サイロ」が目立ったのだという。
でも現在は、 牧草ロール をたくさん見かける。


専用の機械があるから、ロールのほうが手軽になっているんだろう。



この郷土館、「展示」としてはそんなに目を引かないかもしれない。

でも先人の功績を辿ると、いろいろと目が開かれる点があって
興味深いことでもある。



昨秋、北海道庁は 先人カード を発行した。
白石郷土館では「佐藤孝郷(たかさと)」氏のカードをもらえる。


地下鉄東西線白石駅のすぐそばである。
いわゆる「観光地」以外に、
こういう場所に寄ってみるのも乙なのではなかろうか。


いろいろな地を巡り、記念としてこんなカードをもらってくるのも
楽しいのではなかろうか。

かつて、いろんな方々が活躍していた
近代文明の黎明期に思いを馳せることができる。



この手のモノには、「転売」がつきまとうのが現代である。

フリマサイトにたくさん出品されているけれど
(ダムカードやマンホールカードも、そうだ)
あんなの買い集めて、何が楽しいんだろうね。

買い集めて、再転売して、ちょっとでも儲けようってんだろうか。



でも、この類は、行ってこそのモノだ。記念物だ。

自分が行かないのに入手するとしたら、
せいぜい知人が行った際の「お土産」くらいが限度だろう。

ワタクシは、そう思う。



ま、それでも買いたい人は、勝手に買えば良い。
それが経済原理だ。需要と供給の法則だ。



でも、たかだか数百円から千円ぽっちの儲けを得るために
各地を巡るなんて、何と非効率。

まっとうな仕事をしたほうが、よほど稼ぎになるだろうにね。
(「白石郷土館」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月23日

カニ丼!

何となく。

海辺にいくと、海のものを食してみたくもなる。



今どき、山中の温泉でも刺し身が普通に出てくるし
決して悪いものじゃなかったりするんだけれど。



港町の食堂で出てくる魚介類が、
凍っていたやつを自然解凍しかけで
シャリシャリしてることもあったりするけど。



でも、それはそれ。



その地で食することにこそ、
意味を見出したいのであったりする。



カニ丼をば、ひとつ。


20032301.JPG



しっかり、旨かったです。はい。
(「カニ丼!」おわり)
posted by けろ at 09:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月22日

オホーツク海に立つタワー

紋別市の港、防波堤を兼ねる「クリオネプロムナード」の先に
オホーツク海に突き出して造られた 氷海展望塔オホーツクタワー がある。



「オホーツク」は、アルファベット表記では「OKHOTSK」だ。
「K」がはいる。



港側、すなわち防波堤内部から見ると、こんな感じに見える。


20032201.JPG


オホーツク海側、防波堤の外からであれば、こうだ。


20032202.JPG


海中から海上へと屹立する、塔 である。



塔へ向かうには、トラスで構成された通路を通る。

中は、こうだ。


20032203.JPG



お約束の、下が見えるガラスがあって
海が、もしくは流氷が、見えるようになっている。


20032204.JPG



壁面には、「手づくり仲間の会」による
海のモノたちのパッチワークが並べられている。


20032205.JPG


塔の内部には、展示やカフェや売店や遊具コーナー。


20032206.JPG


決して平面的に広い空間というわけではないが
いろいろと詰め込まれている。


上の階の四隅には、展望バルコニーがあって
実際に外の気温と風とを体感することが可能だ。


20032207.JPG


もちろん、激しい吹雪の真っ最中には
出られなくなる。



ちゃんと、ルーフドレン金物も埋め込まれている。


20032208.JPG


ステンレス製だが、海上にあるものとして
かなり過酷な環境下にあるのだ。



トラス通路の上部と、防波堤など。


20032209.JPG


防波堤側にも施設があって、
それ用の煙突とおぼしき構造物が見える。

通路の高さまで上がるための
エレベーターとエスカレーター、階段がある。



内部には、ちょっとした展示があって
ちゃんと見るなら、なかなかに興味深い。

だいぶ古い画像だけれど、
流氷が渦になっている様子が
おもしろい。


20032210.JPG



採取された流氷が冷凍庫に入れてあって、
「これを持って記念撮影」ができるように
なっている。


20032211.JPG


混んでいて順番まちだったら、
どんどん小さくなっていくのかな?



ここは「塔」と称しているが、
海上だけが見どころなのではない。


20032212.JPG


いやむしろ、海底階こそが特徴的と言えよう。



擬氷、とでも呼べるか、そんな壁仕上げに
ちゃんとはめ込まれたドアが、なかなかすごい。


20032213.JPG


引っかからずに開くんだよね、きっと。



外周には窓がいくつもあって、
海中を見ることができるようになっている。


20032214.JPG


流氷で埋め尽くされていれば、
氷の下の様子が見られるであろう。



20032215.JPG


何やら、窓にいっぱい貼り付いている。

窓は時々ダイバーによって掃除されるのであるが、
敢えて、掃除しない窓も残してある。

そんな工夫が、楽しい。



氷海の生物たちの展示もある。


20032216.JPG


アルビノのナマコが2体、居た。



窓の上部には、
しっかりとブリーズライン(線状吹出口)が設けてあって
窓面の結露を少しでも防ごうとしてある。


20032217.JPG


スポットライトも各所に据えてあって、
設備的にも手が込んでいる。



天井の様子。


20032218.JPG


流氷の下に居るかのような内装になっている。



吹出口、吸込口、スピーカー、コンセント、スプリンクラー。

必要なモノは、海底階にだって必要だ。


20032219.JPG


何せ、避難階とはなり得ない場所なのだから
防災設備は特に重要なのである。



こんなタワーのある紋別市、
決して近いとは言えない。

が、コロナ禍以前には多くの人々が訪れて
その地の景観を堪能していた。



オホーツク紋別空港を利用すれば、
羽田から1時間45分だ。

ただし、1日1往復しかない。



新千歳空港からであれば、
一度札幌まで出ることになろう。

札幌から 高速バス に乗ると、
直行便で4時間20分、
旭川経由で5時間20分で行ける。



旭川空港から、旭川駅まで出てから
高速バスに乗る方法もある。



または、女満別(めまんべつ)空港からレンタカーで
100km強(2時間弱)走らせて行く、ということもできよう。



札幌駅からレンタカーで行けば……。

google map によると、高速道路を使いつつ274km、
3時間58分と出てくる。



いずれにせよ、北海道の面積を感じざるを得なくなるはずだ。


そんな旅も、いかが?
(「オホーツク海に立つタワー」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月16日

ガリンコ号が

北海道紋別(もんべつ)市。

オホーツク海に面した街である。


紋別と網走では、流氷観光船が運行している。


紋別にあるのは「ガリンコ号」である。


文字通り、流氷をガリンコ、ガリンコ、と砕いて進むことの出来る
そんな船である。


現在は2代目で、「ガリンコ号U」を名乗っている。



特徴が「アルキメディアン・スクリュー」。

これで氷を砕きながら進むことができるのである。


20031601.JPG


先端下部に辛うじて映っている、スクリュー。

ちょうどこの日には、間近に流氷を見ることができた。

その日の天候や風向きによって、
一気にやってきたり、一気に離れていってしまったり、
タイミングが難しい、そんな観光地である。


20031602.JPG


港内にも氷が浮かんでいるが、
これは「流氷」とは言えないかもしれない。



少し進むと、流氷帯に入った。


20031603.JPG


結構厚そうな氷もあるが、
これを砕きながら進んでいく。


20031604.JPG


なかなかに、面白いではないか!



カメラを落とさないように気をつけないと。


20031605.JPG


結構振動もあるから。



陸側には、あまり厚い氷がない。


20031606.JPG

がっちり接岸している日もあるのだというが
この日はそうでもなかった。



20031607.JPG


少し沖合に出ても、
氷の薄い所、少ない所もある。



海氷観測情報 を見ると、
ほんとうに日によって目まぐるしく変化している様子がわかる。


20031608.JPG


こういう観光地は、「その時次第」。
一種の「縁」である。


20031609.JPG


一期一会の、そんな楽しみ。


20031610.JPG


これらの氷の上には、
たまにアザラシとか乗っかっているのだろう。

オオワシとハクトウワシは見たけれど、
あまりズームの効かないカメラでは
点にしか写らない。


60分ほどのクルーズであるが、
沖に出ると風が強くなり、結構寒い。

船室もあるのがだ、やはり甲板でずっと見ていたい、
そう思わせるものがある。

完全武装で乗るに限る。


20031611.JPG


それでも、気温が低く強風であったりすると
ずっと外にいるのはキツかろう。

そのあたりも「その時次第」である。



それが良くって、
毎年本州から訪れる家族連れも居るという。

羽田から1日1往復しか就航していないが
オホーツク紋別空港 を利用すれば、
首都圏からはすぐである。

札幌あたりから陸路で移動するとなると
ものすごく時間がかかるであろうが。


20031612.JPG


天候も目まぐるしく変わる。

晴れている時間と、曇っている時間とでは
海や流氷の表情も全く違ってくる。

非常に、おもしろい。



甲板後部にも行ける。


20031613.JPG


氷のない前の便の航路も通るけれど
敢えて氷中を砕氷しつつ進むルートも通る。

じゃないと、観光客も嬉しくないしね。



国内外からの客数がぐんぐん伸びて、
来冬からは新造船が就航する予定、と掲示されていた。


20031614.JPG


が、ここにきて新型コロナ禍。

大丈夫か!?



全世界的に大きな事態となってきているけれど、
外食・観光産業にとっては非常に厳しいことこの上ない。

早期の収束を願うばかりである。



来季あたり、どうです?

行ってみませんか? 紋別。
(「ガリンコ号が」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月14日

豚丼!

音更町 と言えば、
豚丼である。


20031401.JPG


豚肉なんて、どこにでもあって
誰でも使えるのであるが。



ご当地グルメには
そういうモノも多い。


が、それもまた良し、である。


粉モンだってそうだし、
博多明太子にしてもそうだし、
だんご、せんべいの類はもう、昔っから。

「スパカツ」ってのもあったりする。



必ずしも産地でなくたって。

もちろん、産地だって良い。



美味ければ、それでいいのだ。
(「豚丼!」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする