2021年09月02日

ドラえもん展にて観想する

藤子・F・不二雄氏の国民的漫画、
もはや古典と称して良い部類の「ドラえもん」。


今や、美術館に展示されるような存在となった。



というわけで、美術展である「THE ドラえもん展」を見てきた。



じつは、藤子・F・不二雄氏による作品の展示ではない。

ドラえもん誕生50周年を機に、国内外のアーティストに
「あなたのドラえもんをつくってください」と委嘱して制作された
作品群の展覧会なのである。



撮影禁止のものもあるのだけれど、「SNS等で拡散してね」というものも多く
それゆえここで一部ご紹介しておきたいと思うのだ。
もちろん、撮影可のものだけである。
(なお、作者名については敬称略とさせていただく)


入り口に、特大の絵。


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画風でわかるだろうか。村上隆の作品である。


写真では大きさがわかりにくいけれども
壁一面を占めるサイズとなっている。


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ついでに天井の設備も撮ってみる。

こうして見ると、画の大きさが少しわかるだろうか。

美術館に元々設置されている照明と、
展示のために増設した照明とが混在しているように見える。


そう。美術館に於いては、
作品を照らすための照明も重要な要素の一つであって、
施設としてのものの他に、展示ごとに設営する電気工事も発生するのだ。


その際に、非常照明を阻害したり、
火報の感知器を塞いだり、
スプリンクラヘッドを埋めてしまったりしてはいけない。



立体物に光を当てて、その陰を鑑賞するタイプの作品。


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このメカメカしい? 細胞っぽい? 背中、どう?
西尾康之の作品。


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こういう立体モノがあるかと思えば、
写真家 梅佳代による、こんな作品も掲げてあった。


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おじいちゃんが、ドラえもんを被って日常を送っている。


えてして芸術とは、凡人や素養の無い者にとっては
理解不能なものだったりする。

が、そんなワタクシであったとしても、
何かを感じ、何かを受けているに違いない。そう思うしかない。



森村泰昌、コイケジュンコによる作品。


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いろんな作品に、マンガの一場面や映画の一カットのオマージュが
散りばめられているようだ。

詳しい方なら、一つ一つにその出典を見いだせよう。



この衣装は、マンガのページで出来ている。
ドレスの下の方に、辛うじてコマ割りが見てとれる。


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なぜこれを作りたかったのか、
どうしてこう作りたかったのか、
訊くのは野暮ってもんなんだろう。


マネキンに着せて展示してあるだけじゃないんだ。

作者自ら纏って撮った写真も掲出されているのだ。

わからんけど、なんかスゴイ。
感受性が悪くて、申し訳なく思う。



おお、レンブラント!

あなたもまた、ドラえもんの幻影に呑まれたのか。


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画家 福田美蘭による。氏は、和風の画も描かれていて


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どこかで見たことがないだろうか。こういう作風。

でも、ドラえもんなのだ。そういう展示なのだ。



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坂本友由による、巨大なしずちゃん。

《僕らはいつごろ大人になるんだろう》という題がついている。

実際に床から天井まである、巨大な画である。

どの映画のどの場面か、わかる人にはわかるのだ。



動画撮影禁止だったので、静止画ではあるが
意味がわかるだろうか?


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後藤映則による立体作品。

この立体に、上部から光を当てていくと
円光源が拡がるにつれてドラえもんのキャラクターたちが動く。

そんな作品である。

なんか、文章ではうまく表現できないや。



近藤智美によるドラえもん。


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『ときどきりくつにあわないことするのが人間なのよ』



数多くの展示があって、すこぶる面白かった。

ワタクシ自身は美術的な素養は皆無であるけれど
多種多様な表現方法にもいたく感銘を受けた。


撮影不可であったが、
メディアアーティストのクワクボリョウタの作品など
とてもおもしろかった。



ドラえもん展については、過去の公式ページ などで
動画も含めて多数紹介されている。


世の中に、こんなにいろんな感性を持つ方々がいて、
こんなに様々な感じ方、表現の仕方があるんだと
リミッターが外れる感覚を得られるかもしれない。



鴻池朋子が雪山でドラえもん主題歌を絶唱する動画とか
もう、何が何だか。



だとすると、ワタクシがこうやって
わけのわからん(と一般の人々から、いや意匠屋さんからも評されるであろう)
「せつび」に関する雑多な興味をネット上で晒しているのも
一定の感性の方々には届くのかもしれない、
そういう可能性は残されているのかもしれないと
少〜し光明が見えてくる気もするのである。


ただの、気のせいかもしれないけれども。



小展示室に、記念撮影コーナー。


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ノズルとドラえもんのコラボなのだ
(「ドラえもん展にて観想する」おわり)
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2021年08月07日

つはものどもがはしらんとす

新型コロナウイルス感染症の世界的流行に伴って、
東京オリンピックは1年間延期された。


延期したものの次々に姿を変える変異株の猛威によって
有観客での実施をほぼ諦め、
中継映像による配信により競技状況を伝達するのが中心となった。



感染拡大が続く中で、
オリンピックそのものの開催可否について賛否が入り乱れる中、
数年間をかけた競技実施のための準備は
度重なる方針転換にもかかわらず、
粛々と(おそらく実際には現場の阿鼻叫喚のうちに)進められた。



毎年猛暑に見舞われる東京の地を危惧して
競歩とマラソンの競技は、北海道札幌市で行われることになった。

2019年の秋、ドーハで開催された世界陸上競技選手権大会における
棄権者続出の事態を受けての突然の変更であると言われた。



ところが、この夏の北海道は各種猛暑記録を次々に更新する事態となっていて
開催地の札幌市においても観測史上最長の真夏日連続記録を打ち立てる
こととなってしまったという。


例年より5℃以上高いような気温が連日続き、
しかも通常なら20℃を下回るような最低気温が、
この年は毎日熱帯夜に迫ろうかという高さになっていて
エアコン普及率のあまり高くない北海道民にとって
相当に厳しい夏を迎えている由である。



北海道は、「暑さは盆まで」と言われるようで、
たいてい8月中旬を過ぎると急に涼しくなるらしい。


実際に週間予報を見ると(毎日状況は変化しているが)
10日あたりから急激に気温が下がって
最高気温が20℃に届かないくらいになるというのだから
何とも間が悪いというか、運がないというか。



北海道及び札幌市によって「感染自粛」の呼びかけがあったものの
実際の中継映像を見ると競技中の沿道には少なからぬ観客が並んでいて
感染自粛要請にどのくらい効果のあったものか
疑問を抱かせるものでもあった。


もっとも、200万人弱の人口を有する札幌市において、
520万人以上いる北海道民がいる中で、
連休を利用して全国各地から訪れんとする日本人、
2週間の待機期間をものともせずやってくる外国人などがいる中で
あの程度で済んでいるのだから
「効果は絶大だった」という評価が行われても、
それはそれで間違いとは言えないかもしれない。



札幌市は北海道の道庁所在地であり、
各種全国企業の北海道支店、北海道事務所が多数所在していて
ビジネス上の要所の一つとなっている。


札幌駅から大通に至る地区にオフィスを構える企業も多く、
企業活動をしている以上、人流をとどめることはできない。


にもかかわらず、市中心部の目抜き通りや、
郊外の主要幹線道路を封鎖して競技を行うのであるから
市民生活、企業活動上は結構な制約を受けることになる。



競技が実施される何日も前から、
沿道における準備は進められていた。


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可能な部分には次々とフェンスやコーンが配置され、
それによって、確かに競技が行われるらしいことが
感じられるようになっていた。


IOCも、auショップの看板までは取れとは言わないのだろう。


車で走っていると、至るところに迂回要請の看板が掲げられている。


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「う回」という表現、何とかならんか?
「迂回」ではダメなんか?
単に「左折できません」でもいいんじゃない?



コース表示の緑色の破線が路面に描かれていた。


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撮れなかったが「これは道路交通法上の表示ではありません」的な
注意書き看板も、ところどころに置いてあった。



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交差点など、当日のみ閉鎖する箇所の脇には
フェンスがまとめて置いてある。


通勤・通学の人流は結構あって、
でもそれは都市の中心部なのだから、仕方がない。


本来の予定であれば、
日本全国から、世界各国からの観戦者・観光客で
数日間埋め尽くされていたに違いないのだから
それに比べればものすごく少ない人出であると言えよう。


JR高架に記された TOKYO2020 United by Emotion が
なんともうら哀しい感じがするのはワタクシだけだろうか。



交通量の多い道路だけれども、
コース表示の緑破線がずっと続いている。


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これだけの流れを全面封鎖して行うのだから、
結構な影響がある。


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とは言え、毎年北海道マラソン、札幌マラソンなどを
実施してきた経緯があるので、
ある意味慣れた面もあることだろう。


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ちょうど、競歩の競技が進んでいる最中だったようだ。


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うまく映らないけれど、上空をヘリが飛んでいる。

上方からの中継映像は、あそこから送られてくるのだ。

マラソンになると、飛行範囲も広いことだろう。



会場ほど近くの駐車場は、
競技関係車両用に確保されていた。


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選手・コーチなどの宿泊場所と競技会場とを輸送する
バスのたぐい。


せっかくの札幌の街を、
バス車内からしか見られない関係者は
少々可哀想ではある。



「なんで見に行ってんの?」

「自粛要請無視?」

「こんな写真なんか撮ってさあ」



いえ、別に競技を見に行ったんじゃないんです。

こちとら、仕事はあるんですよ。

しがない設備屋なんだもん。
日々、経済活動を続けなくっちゃ食っていけないんっすよね。

その信号待ちの間に写真を撮ったからって
責められる筋合いじゃあないよね?



そろそろさ、「炎上」なんていうバカバカしい現象を
撲滅したいものだね。

ちょこっと聞き齧っただけでわかった気になって
その無根拠に等しい「知識」を元に
ひたすら他人を罵り、貶し、攻撃し、悦に入る
そんな現象を。

なんて。

仕方ないかな。人間の性だもんね。



さて、開催賛否入り乱れたオリンピックも
そろそろ打ち上げだ。

続いて、パラリンピックが開催されるが、
感染拡大状況とも合わせて、こちらもどうなることか。


いずれにしても、
全く先を見通せない中で準備してきた現場の方々は
ほんとうに大変だったことと思う。

何の責任もなく、担当もなく、後始末の心配もなく
ただ一時の感情にまかせて「やめろ〜!」とか「絶対開催〜!」とか
無責任に叫んだりネットで喚いたりしているだけの人物には
想像もできないことだろう。



全世界の人々が感じたように、
コロナ以降、あらゆる価値観が大きく変わった。


決して元のようには決して戻らない。


そう感じさせる、オリンピックなのであった。
(「つはものどもがはしらんとす」おわり)
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2021年04月24日

岩石が融けていく

札幌市南部にある、真駒内(まこまない)公園。

4月になっても、そこには雪が残されてた。


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首都圏とは季節が2ヶ月ほど違う、と言われるが
そもそも東京都区内でこんなに積もることはあるまい。



公園の脇に、豊平川にかかる橋がある。


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「五輪橋」と呼ぶそうだ。



その昔、札幌オリンピックが開かれたことに由来する。

真駒内公園自体が、冬季オリンピックの会場であった。



この橋の下、河川敷には
まだたっぷり雪が残されている。


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川のこちら側にも、あちら側にも。


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五輪マークがついているのは
五輪橋だからに他ならない。



ここは冬の間、「雪堆積場」となっているそうだ。


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要は「雪捨て場」である。



市街地各所の雪は、トラックに積み込まれて
各所にある雪堆積場まで運ばれ
春まで捨て置かれる。



春になると、
重機で少しずつ崩していく。

そうしないと、なかなか融けて無くならないから。


このように崩されつつある雪山だけれど
白い面は少なくて、
「雪」っぽくは見えないかもしれない。


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土か、砂か。

そんな感じ。



氷というものは、宇宙空間の多くの場所では
天体を構成する岩石の一種である。

地球に於いては、
それが溶岩として流動している場所・期間が多い、
そういうことに過ぎない。



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この地に於いても、
冬期間はまさしく岩石として存在していて
春の訪れとともに溶融して、流れ下っていく存在なのだ。



だからこそ、
冬期間に水が凍結するような地域では
それを「岩石」として意識したほうが良い。

ちいさな結晶で降ってくるものだから
「ふわふわ」なイメージが先行してしまって
「岩石」という捉え方をされないことが多いけど。



「水」は、「岩石」。



寒冷地の建物を設計する場合には
その意識が不可欠であると言えよう。
(「岩石が融けていく」おわり)
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2021年03月24日

放射線は見えないけれども満ちている

放射線、と一括りに呼ぶけれど、
それにはいろんな種類がある。


α線、β線、γ線と、
ギリシャ語アルファベットの名称が付けられているけれど、
それぞれ全く別のものである。


「ベクレル」とか「シーベルト」なんていう単位があるけれど
放射能の量や生物学的影響を表すものであって
放射線そのものの性質とは別である。



「おもな放射線」の説明パネルが
日本科学未来館にあった。


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パネルの左にあるガラス球のようなものは
カミオカンデなんかにある、光電子倍増管 だ。



α線は要するにヘリウム原子核だし
β線、μ粒子はレプトンだし、
γ線は電磁波だ。

π中間子はクォーク2個から成っていて
すぐにμ粒子とミューニュートリノに崩壊してしまう。

ギリシャ語のアルファベットが充てられているが、
それぞれ全く別のものだ。

アルファや山、ベータはビー玉、ガンマは蜃気楼、
みたいな違い具合だ。

「放射線」の語が示す範囲は、とても広い。



これらが、いったいどれだけ空間に満ちているか、
霧箱なんかを眺めていると実感できる。



これだけ放射線だらけなのだから、

飛行機で対流圏上層を飛行するだけで
結構な被曝量になるのだから、

CTスキャンの被曝量たるやかなり多いのだから、

地球上でも場所によって自然放射線の量に結構な違いがあるから、

原発事故の放射能汚染なんて大したことない。気にする必要なし!



なんていう主張もあるけれど、
どのような放射線であるかにもよるから
一概に言えるものじゃないと思うのだ。




事故による問題点は、
自然にはあまり存在しない放射線源が撒き散らされたことなのであり、
その人体に対する影響が、短期的・長期的にどのようになるのか
確定的なことが今のところ定かではないというところにあるのだ。



無闇に恐れ怖がる必要も無いけれど、
あんまり呑気に楽観視できるようなものでも
無いはずなのである。



原子炉や加速器といった実験施設は
自然科学の発展のためには、やはりある程度必要だと思う。


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でも原子炉の、発電所としての「商業運転」は、また別のことだ。
安価な電力、なんていうのは、
方法や処分先の定かではない現状では、嘘としか言いようがない。
コストの出しようがないからだ。

出せないものを「安い」などと言えはしない。

嘘を根拠に進めるものに、胡散臭さを感じないわけにはいかない。



事故の際の「風評被害」も、やはり被害の一つである。
事故が起きれば、絶対に「風評」は生じるのだ。
生じることを前提に「リスク」を評価しなければ、
意味はない。



ま、原発推進にせよ、反対にせよ、
それぞれが適切な根拠を持って議論をすべきなのだ。

科学的、社会学的、心理学的、いろんな視点をもって。

反発感情や政治や利権が絡んでくることによって、
本来持つべき視点が吹っ飛ばされてしまうから
どうにもならないのである。



ともかく、
放射線は目に見えない。

いろいろな装置を通して、
観測するしかない。


それでも、存在するものは存在するのだ。

たとい、誰もそれに気づいていなかったとしても
それは確かに在るのだ。



ちょっと、「せつび」みたいじゃない?
(「放射線は見えないけれども満ちている」おわり)
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2021年02月12日

不気味、かな

ヒューマノイドに発生する、
「不気味の谷」 というものがあるという。



ただの機械には感じないけれど、
それが人間に似た形態になってくると、
しかも、結構似ていて、なんとなく違和感があると、
「不気味」に感じてしまう、あれだ。



科学未来館にも、そんなやつが飾って、いや、展示してあったはず。



お……?


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以前見たやつは、もちょっと不気味だった気がするんだけど。


手はなんかデカイけど、
顔はそれほど不気味じゃなく感じる。
(個人の感想です。感じ方は人それぞれです)



そのうち、
もはや不気味どころか
親近感ないしは好意を抱くようなモノに
変わっていくんだろうなぁ。


「3次元より2次元!」

と喧伝する人たちが居るように、


「リアル3次元よりヒューマノイド!」

がメジャーになっていくのかもしれない。



ふた昔も前の人型ロボットだと、
むしろ親しみが湧く、という不思議。



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ASIMOは、中国語で書くと 阿西莫 なんだね。
科学交流員、という肩書なんだね。



このASIMO、
シンボルゾーンで演技(?)していた。


していた?

させられていた?

機械がプログラム通り動かされていただけだけど。



吹き抜け上方には、
地球を映した球形映像。


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こんなのも、
時代とともに、よりリアルに変わっていくんだろうか。
(設置予算がつけば、の話だが)



ホログラムが浮かぶようになるのは
いつだろう。


案外、近いのかもしれない。
(「不気味、かな」おわり)
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2021年02月04日

埋まってる、埋まってる

ある日の朝、
通りがかりに白い山が。


あ、赤い車が、埋まってるや。


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これ、掘り起こすの
大変だぁ。



と言って、
雪解けまで放っておいたら、
一体どうなってしまうのやら。



一見、ふわふわに見える雪だけれど
少し暖まっては凍り、を繰り返していくと
結構な密度になってくる。


そうして、比重がどんどん1.0に近づいていくのだ。


そうなると、岩石といっても差し支えないモノに
変わってしまうのである。



さて、掘り起こしてもらえたかな?
(「埋まってる、埋まってる」おわり)
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2021年01月01日

富士っ!

正月、ということで。


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富士、である。


まあ、富士は富士でも、蝦夷富士である。


羊蹄山、である。



少〜し前に行った際に撮ったので
ちょうどいい具合に冠雪している感じ。

きっと、今頃は真っ白に違いない。

折しも、年越し大寒波が襲来中と聞く。



ちょこっと角度を変えて、撮る。


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3本そそり立つ、
銀のアスパラが特徴的である。


中山峠、札幌市と喜茂別町との境界である。


ここでは 峠のあげいも を売っている。


ホクホクしたジャガイモに
衣をつけて揚げたものなのだけれど
かなりイケてるんじゃないかな!!



観光客が激減してしまっているけれども、
お店が健在だといいな。

いや、なかなか苦しい状況にあることと思われる。


行って!

買って!

食べて!


とアピールしたいところだろうけれど、
まあ、とにかく全世界的にこの騒動が収まってこないと
なかなか難しいよね。



果たして今後何ヶ月、いや何年で、
事態が収束するのか。

一般的な疾患になって、
旧「新型コロナウイルス」となって
「かぜ症候群」の病原体の仲間入りをするのか。


まあ、過去のあらゆる疫病は、
必ず収束してきた。

スペイン風邪や新型インフルエンザのほか、
結核、赤痢、コレラ、なども
犠牲者の数はともかくとして、収束は、した。

ろくな治療法もなく、原因菌(やウイルス)の正体が
まったくわからなかった頃であっても。


現代は、当時に比べれば、
原因はわかっているし、さまざまな対抗措置候補もある。
順次、あらゆる策が投入されつつある。
いずれ、収束することは確かなのだ。

とはいえ、それが早いに越したことはない。



分断化されたアメリカの政治はどうなるのか。

独裁化が進んでいる中国、ロシアはどうなるのか。

中東の火薬庫はどうなるのか。

国際政治的にも、先行きは不透明だ。



GOTOは延長されるのか。

医療は崩壊してしまうのか。

オリンピックは、開催されるのか。

菅総理はいつまでもつのか。

国庫は大丈夫なのか。

福島第一は、いつになったら炉本体に手がつくのか。

……国内情勢も、さっぱり見通せない。



経済も、エネルギーも、自然災害も、
5年後の予想がどのくらい当たるものか
定かではなかろう。



だいたい確かそうなのは、
設計図への押印義務が無くなりそうなのと、
新500円玉が発行されることくらいかなぁ。



ともかくも、
生きている限り、
生きていくのである。

この年も。


願わくは、幸あらんことを。
(「富士っ!」おわり)
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2020年12月24日

BANDAIのクリスマス

Merry Christmas!

まだイブの日だけれども。



街中は、1ヶ月以上も前から
クリスマスのデコレーションにあふれている。


そして、この日が書き入れ時と思われる企業のビル横では
こんなふうになっていた。


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さすが、BANDAI。



今年は、どうかな。


コロナ禍の影響で、
サンタの出動が制限されてしまって
イマイチなのかな。


それとも、どこかに出かけないでおウチで過ごす家庭が多くなって
いつにも増して、好調なのかな?



昨年の今頃は、
世界中がこんな風になるなんて
誰にもわからなかった。

思いもよらなかった。


もう、この年末年始、
そして年があけてから、
一体どんなふうに状況が変化していくのか
見当もつかない。


経済社会情勢が、まったく見通せない。



医療関係者は、厳しい戦いに臨んでいることだろう。


観光・飲食に関わる人たちは、
経済的に厳しいなんてもんじゃない苦境にあるのではなかろうか。


全世界的に人とモノの流れが滞っていることによって、
あらゆる領域に影響が及んでいることだろう。


ワタクシの業界も、今後どうなるか、さっぱりワカラン。



それでも、生きている限りは
生きていくのである。
(「BANDAIのクリスマス」おわり)
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2020年12月01日

covid-19について、知りたいこと

第三波と呼ばれ、日本全国で感染者数・死者数が急増している。

と、報道されている。



事実として報道いただくのは良いのだけれど、
今ひとつ、知りたいことがわからない。



確かに、全世界的に大流行していて
多くの感染者・死者を出しているのではあるが、
そういう「絶対値」については、
結構報道されているのであるが、
ワタクシは「相対値」も、知りたい。



「新型」コロナウイルスの現状については
毎日、都道府県・市町村ごとに詳しく報道されるから
わかるのだけれど、
じゃあ、「旧型」「従来型」のコロナウイルスはどうなんだろう。

いわゆる「かぜ症候群」の原因のひとつである。


「かぜ症候群」の病原体にはいろいろあって、
コロナウイルスも1種類だけではない。

ライノウイルスや、RSウイルスについてはどうなのか。

ウイルス以外にも、細菌類が病原となっているものもあるし。

それぞれ、感染者数・死者数は、どんな感じなんだろう。

そもそも、感染有無の検査なんて、ほとんどされないんじゃないか。



インフルエンザウイルスは、
どうなんだろう。

これにもいろんな型があって、
年によって流行するものが異なる。



こたびの「新型」は、
従来「ただの風邪」と言われていたものと、
どう違うのか。



新型コロナを「ただの風邪」呼ばわりして批判される人も
少なからず居るけれど、
感情的なものとか政策的なものとかを抜きにして、
実態としてどうなのか。

「ただの風邪」(といっても、病原はさまざまだ)と
どのくらい違って、どのくらい似ている面があるのか。



そこんとこ、冷静な報道が無い気がする。

ひたすら、煽るばっかりなような気がする。

ま、報道って、そういう傾向が強いんだろうけど。



マスクとか手洗とか接触防止とかソーシャルディスタンスとか、
新型に限らずあらゆる感染症に多かれ少なかれ有効だと思うから
まあそれはそれでいいんだけれど、
飛行機を降ろされようが飲食店を破滅に追い込もうがマスク着用を否定する
そんな人達のような行動を取るつもりは全く無いけれど
だからといって全面的に政策を支持するつもりもない。

そもそも、支持するにせよしないにせよ、
判断材料が余りにも少なくないか。いや、偏っていないか。



かぜ症候群に限らない。

肺炎(これも病原体はさまざまだが)、結核、梅毒、HIV、
世界中で結構な感染者と犠牲者を生じさせている病原体は
かなりたくさん有るはずなのだ。


それらと比べて、どうなのか。


相対的な位置関係を知りたいのだ。



ワタクシは専門家じゃないし、
ネット上に渦巻く真偽不明の雑多な情報の海の中で
「ちゃんとした」情報を選り分けられるだけの基礎知識がない。

でも、その道の専門家たちは、
数多く居るはずなのだ。

なのに、「なんちゃって専門家」的な人が
したり顔で単純化して説明するような感じしかしないのは
なぜなのだ。



まあそもそもが「新型」であって、
最初は敵がどんなヤツなのかさっぱりわからないから
とにかく様子見であったり、
あるいは安全策であったり、
いきあたりばったりの面があるのは仕方なかろう。


けれども、最初の報道がちらほら出始めてから
そろそろ1年になる。

ワクチンはまだ出回ってはいないけれど、
DNA(RNA?)配列も含めて、
相当に研究は進んでいるんじゃないか。

疫学上の知見も、相当に深まってるんじゃないか。



だいたいもって、
インフルエンザのワクチンだって、
有効率は100%ではない。

ワクチンを打っても、かかる人がいる。

ワクチンによる重い副作用を発する人も、居ないわけではない。



となると、新型コロナだって、
たとい優秀なワクチンが出回りだしたとしても
それで万事解決になるわけではない。

→ 今こそ冷静に考えるべき、ワクチンと副作用の切っても切れない歴史

→ インフルエンザワクチンと「ワクチンで自閉症」問題の正体



インフルだって風邪だって、
免疫が長くもたないから
何度も何度もかかる。

軽く済む人もいるし、
重篤化して亡くなる方もいる。



新型コロナは、
それらに比べてどのくらい凶悪で危険なのか。

相対値を知りたい。

ちゃんとしたものを、知りたい。



科学的知見に疎い文系の記者が
いいかげんに(失礼っ!)書いた
嘘か真かわからない煽動記事は、要らない。



視聴率を稼ぎたいだけの報道スタッフが
矢鱈と煽りまくるような番組は、要らない。



まして、バラエティを賑わす芸人さんたちが
ああでもないこうでもない、ただ騒いでたって、
聞いてる方は困るんよ。



意見が聞きたいんじゃ、ないんだよ。

事実を、データを、正しく整理して
淡々と伝えて欲しい。

どのくらい、恐れるべきか。


どのくらいで、妥協するべきか。


あるいは、受容せざるを得ないのか。


じゃなきゃ、GO TO の云々についても
判断できないじゃあないか。



健康は、何も肉体的なものだけが重要なのじゃない。

経済的にも、健全でなければ、
人は生きてゆけいないのだ。



何の病気が無くても、
経済的に追い込まれて自殺する人たちが
一体どれだけいたことか。


感染拡大の防止を図るあまり、
経済を完全崩壊させてしまうのも
やっぱりマズいんじゃないか。



「医療崩壊は、構わないのか?」



もちろん、構わないわけはないのだが。

新型を特別扱いする時期は、
もう過ぎたんじゃないか。

毎年各所で発生していた
インフルなどの集団発生と
同じ扱いではダメなのか。



そういう事を判断するためにも、
新型コロナの、相対的位置づけを
知りたいのである。



いかがでっしゃろ。



「じゃあ、人が死んでも良いのか?」



「良い」とは言えない。

けれど、絶対に人は死ぬのだ。

人口から言って、
日本では毎年100万人は死ぬのだ。

寿命で、病気で、事故で、事件で、自殺で、その他もろもろで。


だから、「死の危険」は相対的なものでもあるのだ。



新型コロナで死ぬ人を100人減らそうとして
経済苦による自殺者が1万人増えるとしたら、
それって許容していいの?



新型コロナで死ぬ人を1人でも減らすために、
医療資源を全投入して
他の疾患への対応が疎かになって
そちらの死者のほうが多くなっても構わないの?



医療者が新型コロナ対策に忙殺されることによって
疲弊して、過労になったり離職したりするのと、
もう風邪やインフルくらいの対策でOK、
あとは仕方ないよね、というのと、どっちがマシ?



ただし、自分が、家族が当事者になったりすると
当然捉え方が違ってくるだろうし、
いろいろな事象の優先度は個々人で違ってくるから
「社会的合意」なんてのは難しかろう。



「正解」なんて、わからないんだから、
誰かが腹をくくって取り組むしかなかろう。

結果、ダメだったら、
批判は甘んじて受けるしか無い。

次は、その批判した人たちが責任を持って
最善を目指していただくのが良かろう。

やっぱり失敗するのかもしれないけれど。



とにかく、だ。

そのためにも、ちゃんとした相対的位置づけを
知りたい!

その道の人、
誰かまとめちゃくれませんかねぇ。
(「covid-19について、知りたいこと」おわり)
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2020年10月27日

将棋会館では

千駄ヶ谷と言えば……


『将棋会館』なんだそうだ。



Abemaでよく映っていた!

よし、ついでに行ってみるか!


20102701.JPG


道場に来たように見受けられる
男子小学生と母親らしき2人連れも
歩いていた。



20102702.JPG


この日も、何らかの対局があるんだろう。



よく、コマーシャルの前後に映るやつ。


20102703.JPG



せっかくなんで、クリアファイルくらい、
買っていきますかね。



だいぶ古くなったんで、
移転する計画 も進んでいるということだし。


現地建替は、法律上出来ないんだから
仕方ないね。


前面道路の、側溝蓋。


20102704.JPG
(「将棋会館では」おわり)
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2020年08月31日

2000記事になったようだ

じつは、ちょうど8月末日のこの記事が
当ブログ2000記事目なのである。

2006年6月1日、最初の記事 は
単なる挨拶である。

何を隠そう、「建築士試験」お受験ブログに触発されて
そして、一般の「ケンチク」に関わる方々が、
いかに「せつび」に疎いかを実感して、
まあドシロウトに毛の生えたようなワタクシではあるものの
何か「せつび」について書いてみようかなぁといった
テキトーな動機で始めたものである。


週1回だったり月1回だったり何年か放置していたり
そういう期間を経つつ、
週2回、週3回、などと増やしていって
かさこ氏 に啓発されたこともあって、
基本的に毎日記事を上げるようになった。
たまに、抜けるけど。


最初の記事から足掛け14年以上かかっての2000記事である。
かかり過ぎ。
最初から毎日書いていれば、5年半で達成されてるはずなのに。



建築業界における「設備」の立ち位置の特殊性とか
建築士制度の歪みとか、
そんなことを書いていた時期もあったのであるが、
最近は、いろんな「せつび」の紹介やら、建築・土木やら、観光地やら、
何でも書いている。


それにもかかわらず「せつびのブログ」を名乗っているのは
あらゆる分野において「せつび」が浸透しているのだから
「せつび」の視点はどこにでもあり得る、と思っているからなのである。

……というのは、完全に後付けの理由なのであって、
単に気の向くまま、というのが実際のところだ。



訪問者数とアクセス数はseesaaブログの管理ページで見られるのだが
日によって増減はあるものの、読者数は決して多くはない。


「たまたま検索で記事がひっかかった」程度のアクセスが中心のようである。


配管の、積算 とか

膨張タンク とか

結構ひっかかるみたい。



設備設計一級建築士 のことも、定常的に引っかかるようだ。



なにはともあれ、こんな感じで続けていこうかと
今のところは思っている。


なにぶん、気の向くまま。

目標も無ければ、ビジョンも無い。

そんなブログですが、
何人かに、少しでも楽しんでいただけたら、
幸いなのです。
(「2000記事になったようだ」おわり)
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2020年07月04日

マスクだ、布マスク

全世帯に2枚ずつ下賜されるという、布マスク。

一人暮らしでも、2枚。
5人暮らしでも、2枚。

時の総理の名で通称されるようになった、アレ。


先日、ついに来ました。


20070401.JPG


報道されていたような瑕疵はありませんでした。

至って、健全な状態でございました。



けどねえ。



不織布マスクも十分に出回ってしまっているし、
これを機にいろんな方が製作した布マスクが
結構あるんよね、既に。



巨額の国費を投入して配布されたマスクだから、無駄にはしませんよ。

当然のことです。


コロナだって、解決したわけじゃないし、
再拡大しつつある様子も報道されているし、
そもそも毎冬のインフル他感染症対策としても効果が期待できるし
ひとまず保管しておきますよ。

金輪際不必要、なんてことは有り得ないと思ってますんで。



ただね。


マスクにしても、給付金にしても、各種事業にしても、
一体どのくらい、どこでピンハネがあるのか
わけわからんのが困るね。


一所懸命やってる人が大勢居る中で、
どさくさに紛れての火事場泥棒的な行為が存在するらしいこと、
指摘されても情報が出されないこと、
誰も納得できなくてもウヤムヤになっちゃうこと。


いつから、こんな国になったの?

「美しい国」って、こういうこと?

それとも、知らなかっただけで、
ずっとこんな国だったの?



でも、それでも、
それなりに回っているこの国は
やっぱり恵まれているのだと思うんです。
(「マスクだ、布マスク」おわり)
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2020年06月20日

カネが幾らあっても足りなくなるワケ

国会が閉会した。

超大型の補正予算が成立した。
開会中にも次々と「コロナ対策」が実施され、
今後も多くの施策が実行に移される。


その際に、いくつかの疑問点や納得できないコト、怪しいことが
報道された。

政府支給布マスクの発注先や品質、時期的な遅れ。

定額給付にまつわる変遷と、やはり決定的な遅さ。

各種「事業」の発注先である怪しげな一般社団法人と
そこからほぼ丸投げされている構図。

そんなこんなが有りつつも、
平常運転の国会、報道、市民生活。



官庁と業界とが一緒になって作り上げる「法人」。
やり口は、ずいぶん昔から一向に変わらない気がする。


いや、「変わらない」ことはない。
ますます巧妙化し、えげつなく、なってるんじゃないか?

そう思えるのだが、いかがであろうか。



報道で出てきたのは、
数多ある中のほんのほんの一部だけであるはずだ。

中央官庁が関与するもの、
地方の出先機関が関与するもの、
都道府県のもの、
市町村のもの、
各行政レベルに応じて、いろんな「法人」があって
手練手管で公金を吸い取る仕組みが確立している、ように思えてならない。



行政機関と、業界団体とは、
その分野の発展のため、公共の福祉のため
適切な距離感と親密性とを持ちつつ関わり合っていく。

そういう関係性は、差し支えないと思う。

完全に分離してしまって、事務的な関わりのみになってしまっては
発展性が無いと思う。



しかし、距離感と親密性を誤ると
ただの癒着、なあなあ、の関係になってしまう。

容易に。



そして、役所のある程度の地位を得た人々と、
業界のトップ企業周辺とで好ましからざる利を分け合う
そんな構図になってしまう。



仕事の内容にそぐわない、不思議に高額な報酬と退職金。

2年くらいで次々に変わる代表者は、
関連官庁からの「天下り」。

業界トップ企業の役員には、
どこの役場のどのくらいの地位の人が来るか
代々決まっているような天下り枠があったり。



今般報道されたように、
ほぼ「丸投げ」するためだけに存在しているかのような「法人」。
その「中抜き」による利益が、ほぼ役員報酬に消えるような。

そこに勤める非正規職員は、結構厳しい勤務環境にあったり。



今回の巨額の補正予算も、
どのくらい本来の事業目的に適った使い方をされるのであろうか。



本来の目的とは関係のない事業に
「新型コロナ対策」のラベルを貼って、流用してしまうのではなかろうか。
今までの実績から言って。



ねえ。



「環境対策」と称して、どれだけ本来の目的外で支出された?


「国土強靭化」と称して、どのくらい本当の災害対策に貢献した?


「耐震偽装事件」を機に「建築士制度の適正化」と称して、
どのくらい関係「法人」を作って、どのくらいカネを吸い取った?


「景気対策」と言いつつ、
実際には内輪で利益を分け合うだけの、汚い策略に終始してない?



こんなことばかりしているから、
カネなんて幾らあったって、足りるわけがない。

あればあるだけ、
無くたって国債乱発して、
吸い取っちゃう輩があっちこっちに居るんだからさあ。


吸い取っちゃうとされる企業や法人も、
末端で働いている人たちは文字通り命を削る思いで
事業を消化すべく頑張っていたりする。

利益を啜って掻っ攫っていくのは
上の方の人たちだけなんだ。



ここのところの仕組みを根本的に変えなくっちゃ
どんなに財政出動したって本来の目的を果たすことはできないだろう。

カネが投入されても、
あっちこっちで吸い取られてしまって
実際の現場にたどり着くのが10分の1とかしか無いのであれば
効果は小さいに決まっているのだ。

いくらカネがあったって、
あるだけ消えて無くなるのだ。

「トリクルダウン」なんて、全く無かったのだ。
せっかく吸い取ったものを
シモジモに流しだそうなんて奇特な方々は
そもそも吸い取ったりしないのだ。



「空前絶後」の補正予算が
微々たる効果で終わってしまうのは
とても残念なのである。

空前の利益と賞与で欣喜雀躍する人たちも、
ごく一部におられるのだろうけど。

黙ってるだけで。
(「カネが幾らあっても足りなくなるワケ」おわり)
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2020年06月10日

野球の屋内練習場

サッポロビール園の近くに、
台形の建物。


20061001.JPG


壁面には、「FIGHTERS」の文字。



北海道日本ハムファイターズ の屋内練習場だという。


「練習」が目的の施設だから、
飾りっ気も何もない、
機能重視の造り。


20061002.JPG


ドアや消火栓が開くように、
常々除雪が必要な感じ。

広々したシャッターもあるし。



特に、柵に近い部分は大変そう。

実際に、職員とおぼしき方による除雪作業中であった。


20061003.JPG



新型コロナの影響で、
プロ・アマあらゆるスポーツ、エンターテインメントの実施に
支障が出ている。


プロ野球界も、ようやく開幕が決まった。



今後の見通しは全く立たないけれど、
各方面、うまく切り抜けることを願うしかない。



そう。この写真を撮った頃には、
現在のような事態になることなど
全く想像もつかなかった。

今後のことも、全く見通せない。

ものすごいパラダイムシフトをもたらした、
SARS-Cov-2 なのである。
(「野球の屋内練習場」おわり)
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2020年05月14日

私の腹に落ちるもの

連日、コロナ報道の飽和攻撃に晒されている今日このごろ。


ホンマ、いい加減飽き飽きしとんねん。



でもね、何か要領を得ない、
漠然とした、それでいて煽るような
そんな記事が多くないだろうか?



「報道」している人物、
「コメント」している人物自身が
どのくらい事態を正確に把握し、理解して発信しているのか
怪しく感じることも多くないだろうか?



もちろん、現状を正確に把握し理解している人物なぞ
存在しているわけではないのであるが、
それにしても余りにも自然科学の基礎知識が無いんじゃないか、
論理的にどうなのよ、という「意見」が目につかないだろうか?



「イメージ」「噂」ばかりが
溢れに溢れかえっているのではないだろうか?



政府の対応、地方自治体の対応、
それらに対する、賛成反対各論。

支持に批判に攻撃に。



でも、それらの「論拠」が
何とも薄弱ではなかろうか?


「説明」になっていない、と感じないだろうか?



こんな 緊急寄稿 を見つけた。

3月18日が登録日ということだから、
少々情報が古いかもしれない。


けれど、このような「説明」は、物事の理解に非常に役立つように思う。


自称「専門家」の、ちょろっとした発言では容易に伝達できないことが
ある程度の文章量によって筋道立てた説明によって
伝わりやすくなっていると、思う。



一般社団法人日本感染症学会のページ には、
業界の方々向けのものなのかも知れないけれど
日々戦っておられる方々によ実例報告が大量に記載されている。



エンジニア向け? に書かれた記事なんかも、
興味深く読める。

1ミリでいいからコロナに反撃したいエンジニアのための“仮想特効薬”の作り方

先日の記事 の次にアップされた文章だ。



報道機関や役所の「論説」「説明」よりも
ずっとわかりやすいと感じないだろうか?



上記記事で著者の江端氏が書いているように、

施策の根拠が、クリアになっていて、私の腹に落ちるものになっていれば、
そんでもって、それが科学的であれば『従いやすい』ということ。


ということなのだ。



普段、「私の腹に落ちない」「科学的ではない」と思われる
報道、説明、解説、論説、意見、批判、攻撃、……が、多すぎるのだ。



「こんな長たらしい、シチ面倒くさい文章なぞ、読んでられっか」


そんな方もおられるかも知れないが、
少なくともワケワカラン報道の洪水よりは
すんごく役に立つと思うのだ。

どうっすかね?



「そんなコト言ってるけど、オマエ、『科学的』って理解出来とんのかい?」



「うっ。そ、それなりに、できてる、つもり、なんだけど」


「うそこけ」


「えへっ。すんません。
 理系の学習をしたとは言え、
 そんな深く理解できてるかって改まって問われると……。
 でもね、でもね、理系の方々の理系の文章のほうが
 理解しやすいって感じるくらいには、まあ……」


「説得力ねえなぁ」


「『個人の意見です』って書けば、いいっすか?」


「だね。最低限」
(「私の腹に落ちるもの」おわり)
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2020年04月11日

こんな時の、備忘録として

緊急事態宣言下、
いろんな事が繰り広げられている。



不注意・不用意な感染者が出た大学に、
多数の脅迫電話。
学生の名前を教えろとか、住所を教えろとか
対応がなってないとか、云々。



感染者と関係性があったというだけで、
「区別」「用心」と称しての差別扱い。

同じ学校に通っていたとか、
同じ街に住んでいたとか、
「だから何?」ってくらいの関係性でも
激しく拒絶されたり。



海外では、「アジア人」という括りで忌避されて
コロナ呼ばわりされたり、
殴られたり、
刃物で刺されたり。



中国・武漢で最初に出たからと言うので、
10年来日本に在住している中国人に対して
「日本から出ていけ」扱い。
だったけど、今や中国よりも日本の方で流行ってる。



「外出するな」

「でも、出ざるを得ない」

「感染拡大させるつもりか」

「稼がないと、生きていけない」

「学校が休校で、小さな子どもを置いて仕事に行けない」

「業務が滞るぞ、何としても出勤しろ」

「休業を命じるなら、補償して」

「1人10万円だ」

「いや、1世帯30万円だ」

「無利子貸付拡充を」

「明日からの現金が欲しい」

「こっち、すいてるよ。人居ないから感染リスク低いよ。
 潰れそうだから、来て!」

「東京から来るな。コロナ持ってくるな」

「なんで、名古屋は除外?」

「会社来ないでね。あ、営業は回ってね。
 直行直帰でいいからね。会社にはコロナ持ってこないでね」

「基本、在宅勤務。セキュリティあるから、データは持ち出し不可」

「マスクしてるから、大丈夫だよん。それにオレ、若いし」

「咳? これ、花粉症や。コロナちゃうねん」

「水商売にまで公費で営業補償するのはいかがなものか」

「都で、軽症者隔離用のビジネスホテルを借り上げだ」

「菌を撒き散らすな!」

「抗生物質飲んだら症状軽くなった」

「かかった。めっちゃ苦しかった」

「味、しなくなってん」

「え? 感染しとるって? んなアホな。
 何ともないで? 元気やで?」

「BCG効くらしい」

「アビガン、アビガン」

「航空会社、もつのか?」

「バイト先、つぶれた。カネ無い。困った」

「無給休暇って……。どうやって生きろと」

「日本経済、お先真っ暗」

「アベノマスク、1世帯2枚、いつ来るの?」

「病院の職員に感染者。診療停止」

「検査してよぉ」

「偽陽性、偽陰性、結構あるよ」

「じゃ、検査って何?」

「マスク、買えない。アルコール、買えない」

「地下鉄、スーパー、パチンコ屋、すんごく混んでるがな」

「学校、再開?」

「大学は、ネット講義?」

「一体、いつまで続くんだろう。先が見えない」

「暇ができたから、沖縄行こうっと」→知事「来ないで!」

「東北の田舎に、花見に行こうっと。人少ないから大丈夫だよね」

「オレ、免疫あるから。普段から鍛えてるから(……一体何を?)」

「かかったらかかったで、仕方ないよね。覚悟してるから」

「オっレっはっ、コっロっナぁ〜」→「施設閉鎖! 消毒ッ!」
 →「ウッソぴょ〜ん」→「威力業務妨害ッ! 損害賠償ッ!」

「コロナ陽性。撒き散らしてやるぅ!」→「本人、重症化。後日死亡」

「人間、必ずいつかは死ぬのさ」

「弱い奴は死ぬ。強い者は生き残る。自然の摂理」

「自分が罹って初めて重大性がわかった」

「友人が亡くなった。自分の関係者に及ぶとは思ってなかった」

「予防効果はないんでしょ。マスクしても意味ないじゃん」

「マスク、マスク、とにかくマスクくれ。
 マスクがあれば安心して出掛けられる」

「ロックダウンなんて、意味ないじゃん」

「Stay Home!」



さて。



事態が落ち着いた時(いったい、いつになるのか)、
これらもろもろの、さまざまが、
どのように後に伝えられるか。


教訓として生きるか。


あるいは喉元を過ぎて、忘れ去られるか。



それにしても。



いろいろ出来なくなると、

「意外と、しなくてもいいコトって、多かった」

そんな発見がありはしないか?



「通わなくても」

「無理に挨拶に行かなくても」

「直接会わなくても」

「ZOOMで問題ない」

「買わなくても」

「出掛けなくても」

「やらなくても」



医療関係、運送関係など、忙しさの極みにある方々がいる一方で、
突如やってきた「ヒマな時間」を持て余す人たちが居て。


せっかくある時間なら、
物事じっくり思い巡らす、
人生を見つめ直す、
いい機会なんじゃないだろか。

大げさじゃなくってさ。



もう今後、こんな機会はないかもしれない。

そう考えるのも、良いじゃないか。

罹っていない人なら。
(「こんな時の、備忘録として」おわり)
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2020年04月08日

ああ、こんな考察が欲しかったんだ!(少し古いけど)

最初にお断りしておくけれど、
少々情報としては古い。

3月25日の記事だから。



こんな記事 があるよ、と教えていただいた。


医師がエンジニアに対して送った回答・解説の記事である。
(いつまで上記リンクが残るのか、保証はできない)



新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関しては、
まあ、これでもかと毎日いろんな情報が溢れているわけなんだけれど
何かこう、しっくり来ないと言うか、

「知りたいのは、そんな事じゃないんだよ」

感に塗れていると言うか、
釈然としないものを抱えつつ過ごしてきた。


上の紹介記事は、非常に、非常に、腑に落ちたものだから
これは他の方々にも紹介するしかなかろう、ということで
本日の記事とさせていただく次第。



記事注釈にもある通り、

「記載された内容を、無条件に信じない」
「理想論を語るだけでなく、現実をきちんと受け入れる」
「批判に終始するのではなく、解決方法を自分で考えられる」

そういう思考をしていかなくちゃ、
ほとんど意味はあるまい。

むしろ逆効果かもしれない。



さて。



内容については、長いけれどもとにかく上の記事を読んで頂くしかない。
その結果、皆さんがどう受け取るか、何を考えるか、
それぞれであろう。

別に、同じである必要はない。

「自分で」考えることが必要なのだから。



で。



そうなんだよ。

要するに、だ。


世間の報道っていうのは、
発信者がほぼ文系の人たちだということなのだ。


だから、理系的な考え方の中に生きてきた人間にとっては
何かこう、ぼんやりとした、的を射ない、
それでいて雰囲気のみ乱射するような、煽るような、

でも何を主張しているのかさっぱり伝わってこないような、
そんな感触しか得られない報道ばかりに見えてしまうのだ。



つまみ食い的に「専門家」にインタビューして、
その真意を果たしてちゃんと汲んでいるのか覚束ない編集をして
「報道」と称して垂れ流しにするものだから、
結局のところ不安感のみ与えるだけで
何にもわかりゃしない。



ワタクシにとって最近の報道は
そんな存在になってしまっていたのである。



「買い占めをしないで!」

「なのに、こんなに買い占めが進んでいます!」

いや、それ、報道が買い占めを煽ってるじゃん。
明らかに。



「外出しないで」

「でも、若者たちは街に繰り出して……」

ああ、あんなに出てるんだ。じゃあ、行っちゃうか。
何となく家で過ごしていた人を、むしろ外に誘導してないかい?



「マスクは役に立たない」

「いや、役立つ」

「自分のためじゃなく、人のために」

うん、それぞれの主張はわかるんだけど、
どういう理屈でそう主張できるのかを知りたいんだけどね、
そのへんがあんまり語られないんだよね。



どう考えるのか。


その根拠は。


そして、どう行動するのか。


個人の考えとともに、
集団としての、社会としての、国家としてのありようも含めて
総合的に捉えたいと、思うのだ。



ワタクシ「けろ」は、
世の中一般的に言えば恐らく(いや、たぶん確実に)
頭の悪い部類に入るに違いないのだが、
そういう存在に対しても「腑に落ちる」報道が欲しいのである。

論理性と理屈が欲しいのである。

イメージと雰囲気じゃなくって。



わかっていることとわかっていないこと、

事実と推測、

期待と現実、

そういうものを、峻別していきたいのである。



長々と駄文、申し訳ない。

どうせ長いものを読むなら、
今回の紹介記事をじっくりと反芻いただければ
それでよいのであろう。
(「ああ、こんな考察が欲しかったんだ!(少し古いけど)」おわり)
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2020年04月01日

去りゆく冬とともに

新型コロナ騒動で、世界中が尋常ならない状況で迎える4月。

日本では、新年度である。



入学式、入社式は軒並み中止。
やるにしても、超縮小。


卒業式もそんなだったから、
この世代の人たちにとっては
一生の記憶として刻まれてしまうことであろう。



春が来るとともに、冬が去っていく。



20040101.JPG


紋別港に佇んでいた、ワシ。


彼らも、ゆくべき地に飛び立っていったことであろう。



海辺を覆っていた氷たちも、
岸から離れ、融け、その姿を消していったことであろう。


20040102.JPG



海面に漂う氷の、
何と移り変わりの早いことか。


20040103.JPG


こんな海面であったのに、
1時間後にはすっかり一掃されて
蒼い海面が、輝いていた。



天気も目まぐるしく変わり、
青から一転、鉛色に変化する。


20040104.JPG



新型コロナで、
従来型インフルエンザで、

新型の伝染病ではなくても、
さまざまな病気がこの世には溢れていて、

あるいは事件で、事故で、
原因不明で、

人々は亡くなっていく。



日本人だけで、
毎年130万人は、死ぬのである。


明日その中に、自分自身が数字として乗っからない保証は
どこにもありはしない。


年齢にかかわらず、
誰も彼もが、明日をも知れぬ身なのである。

本当は。



あんまり気にしないようにしているだけで。

「縁起が悪い」とか言って、ただ見ないようにしているだけで。



たとい健康体であっても、
このような経済の大停滞下にあって、
経済的に「死」を迎える企業、個人も後を絶たない。

コロナ騒動がなくたって、
ありとあらゆる原因で、事業は失敗する。
企業は倒産する。
社員は路頭に迷う。



明けない夜はない、と言われる。


終わらない冬はない、と励まされる。


険しい坂も、かならずどこかで終わる、と叱咤される。



さて。どこまで的を射ているものか。

あるいは、的を外しているものか。



確実に、時は進んでいく。

世は、移り変わっていく。

諸行無常なのである。



それでも、われわれは、
死ぬまでは生きていくのだ。

生ある限り、
日々の営みは続いていくのだ。

それがどんなものであれ。



トランプ大統領は、
「イースターまでに通常の状態に」と期待しているという。

いろんな人々が、
いろんな予想をたて、
いろんな危機を説き、
いろんな希望を述べる。



はたして、今年のイースターの時期、
どのようになっていることであろう。



その結果は、すぐにわかるのである。



4月1日だけれど、
下手な冗談も言えない、そんなこの頃なのである。

何とも、まあ。
(「去りゆく冬とともに」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月18日

報道って、どう捉えるべき?

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で、
世界中が持ちきりだ。

「大変だ! 大変だ!」

すごく、大騒ぎに見える。



感染者数が爆発的に拡大しており、
それに伴って死者数も急増している。



確かに、オオゴトではある。



ただ、ちょっと気になることもある。



『新型コロナ』は、報道されるから目立つのであるが、
報道されないコトは一体、どうなんだ?



いわゆる「かぜ症候群
の病原体の一つに、従来型のコロナウイルスやライノウイルスなどが
挙げられている。



それらと、同じ点は? 違う点は?


毎冬流行している、インフルエンザについても、
比較が欲しい。


感染者数、罹患率、重症化率、死亡率。


世界中で多くの方々が亡くなっているのだから、
無視してよいわけはない。


しかし、だ。


意図的と思えるほど、報道が過剰ではないのか?
妙に、偏っていないか?



「買いだめはやめましょう」と言いつつ、
それを煽るかのような、大げさな表現。



人種、都市、地域間の差別を助長するかのような
「特徴」情報。



このままだと、
大災害や戦争に勝るとも劣らないほどの経済的大損失となり
病気にはかからなくても、
経済的に死を迎える人々が大量に発生しそうな、
そんな現状。




「専門家」の意見として報道されるものが、
ほんとうに的を射たものなのか。

「トンデモ」を広めようと画策している輩ではないのか。



「姉歯事件」の際に、建築関連業界に身を置くものとして感じた
ものすごい違和感を
医療関係者、公衆衛生関係者が、今、感じることはないのか。



「陰謀論」的な背景は、ないのか。

逆に、それを敢えて仄めかそうとする意図は、ないのか。



なにか、つっかえというか、違和感というか、
不自然さというか、気持ち悪さというか。



感じません?


さて、この報道の大洪水。


どう捉えたら、いいんだろう?
(「報道って、どう捉えるべき?」おわり)
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2020年03月15日

エコミュージアムセンター知新の駅

北海道に、北広島市という自治体がある。


新千歳空港から、札幌へ行く途中に位置する。


かつて「広島町」だったのだが、市制施行に伴って改称した。

「広島市」だと、思いっきり被ってしまうから。



元々「北広(きたひろ)」と呼ばれていたので、
「北広島市」という名称は、ごく自然なものであったと言えよう。



ここに、「知新の駅」なる施設がある。



「エコミュージアム」の中心施設、という位置づけである。


見るからに元学校であった建物の一角に位置する。


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建物の入り口は、元昇降口である。

そこから廊下を通り、階段を登った2階に位置する。



いかにも学校の廊下と教室、といった風情。


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いろいろと、用途変更に伴う改修を施したのであろう
廊下天井から生えてくるダクト? なども見られる。


元教室っぽいビジターホールの床には、
航空写真が貼ってあって、
位置関係がよく分かる。


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常設展示として、この地のさまざまなものが
展示されている。



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大規模斜交層理(クロスラミナ)を
地層から剥ぎ取ったものが壁に貼ってあったり。


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「北広島マンモス」がいたり。

(これは、子どもたちが制作した実物大ケナガマンモスゾウだという)



地質時代の事物は基本的にレプリカであるが
まず取り付くには手頃なものとも言えよう。

もちろん、実物は実物の良さがあるのであって、
それはそれで、然るべき施設に行くしか無いのだが。



昔のモノも、いろいろと。


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これらはみな実物である。

昔むかし、現代社会のような利便性の無い時代の暮らしは
なかなか厳しいものであったに違いない。



「昭和のくらし」


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4〜50年前のモノたちであろうか。



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足踏みマシン(ミシン)と、レコードプレーヤーと


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ラジカセ、カメラ、ファミコン。


現代の小学生は、これらが何をするものなのか
説明されなくてはわからないのではないか?



天井に目を向けると、
学校時代には無かったであろう「せつび」が
いろいろと見られる。


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天井面を黒く塗るとともに、
金物類、配管類も黒く塗られている、
もしくは黒い製品が使われている。


ひときわ白く目立つのが、スポット照明と「TOSHIBA」。


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展示替えなどのこともあるから、
天井ボードは貼らないほうが
何かと都合が良かろうと思う。


20031512.JPG


何が何でも真っ黒に、
というわけでもないようだ。



ここ、

名称は「知新」であるが、
展示は「温故」なのである。

こういうモノを見て、感じて、
新しきを知っておくれ。

そんな期待を込めた命名であったのかどうか。



元学校なだけあって、
住宅地のはずれにある施設なのである。

そんなにスゴい展示があるというわけでもないのだが
古い古い郷土史料館などとともに
少なくともワタクシにとっては見て楽しい、
そんな施設なのであった。
(「エコミュージアムセンター知新の駅」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする