◇◇◇
「アントワネット様、国民は、明日食べるパンにも事欠いて困窮しておるのです」
「あら、そうなの? パンが無いなら、ケーキを食べればいいじゃないの」
◇
「大臣、派遣労働の解禁後、必死に働いても報われない若者が急増しています」
「より一層、雇用の流動化を進めることによって、多様な雇用形態の創出を図り、
そのような 方たちを支援していく所存です。そのためには、
ホワイトカラーエグゼンプション制度が非常に有効であると考えて
おります」
◇
「ミネラルウォーターに、こんなにお金がかかるんですか?」
「国内で水道水を飲んでいる人なんて、ほとんどいないでしょう」
◇
「総理、キャベツ1個がいくらぐらいかご存知でしょうか」
「五、六百円くらいですかね?」
◇
「平面図変わったから、データ送っときました。なに、ほとんど変わってませんから。
機械室と便所の中の配置を変えたのと、断熱材を変えた、それだけです。
そうそう、パイプシャフトをちょっとだけ動かしました。1スパンだけ。
設備図面をちょこっと訂正して、明日の朝データで送って下さい。
あ、負荷計算と積算数量も整合取って送ってくれますか」
「って、もう23時ですが・・・・・・」
◇
「無関心」は、時として残酷たり得ます。
『現場』を知らないと、恐ろしい発言をいとも簡単に出来てしまうことがあります。
知ってて言ってるなら、悪党ですから対処の仕方もあります。
でも「単なる無邪気」であるとすると、どう反応して良いのやら。
邪気が無いだけに、怒りをぶつけるわけにもいかず。
たといぶつけたとしても、きょとんとされるだけなのです。
「ナニ勝手にキレてんの?」
────精神状態の正常性を疑われたり。
当事者にとって、状況を理解してもらえないというのは、淋しいことです。
……でもそれは、仕方のないことでもあります。
◇
ツバルで海面水位上昇により国土が失われていても、
磯焼けで漁獲量が激減し途方に暮る漁師さんがいても、
イラクで毎月何百人の市民がテロの犠牲になっていても、
代々木公園で病に倒れ喘いでいるホームレスの人がいても、
冤罪で有罪判決を受け苦渋のうちに服役している人がいても、
目前に起こった事故で恋人を失い悲嘆に暮れている人がいても、
当事者ではない人にとっては、「どこか他所のこと」でしかない。
ワタクシ自身、自分が当事者ではないことがらについて、
いかに無関心で、その深刻さのひとつひとつに目を瞑っていることか。
「単なる無邪気」で、いかほどの人の心を蝕み、引っ掻き回していることか。
神の味噌汁、いや、神のみぞ知る です。
◇
だから、今回の「設備一建」というものが、設備屋・電気屋以外の人にとっては、世の中に数限りなく存在している無関心の対象であることは、何ら不思議なことではありません。
でも少し、いや結構堪えるのは───。
世の中にある他の一般事項に比べれば設備に近い位置であるはずの
「建築設計」の人にとっても、設備は遠いものだという事実。
設備設計は「眼中に無い」
その視界にさえ入らない、現実。
◇
設備設計一級建築士────。(以下、「設備一建」と略)
設備設計実務が出来なくても、一級建築士資格さえ持っていれば、設備設計をする『資格』がある。
実態としては、今まで設備設計を担ってきたのは一級建築士ではない人たち。
機械屋や電気屋は簡単には一級建築士になれない。受験資格さえ、大部分の人には無い。
だからその先の設備一建には、なろうってったって、そう簡単になることはできない。
一級建築士なら、下位資格である建築設備士を簡単に取得できるでしょうか。
そんなことないでしょう。
挙句の果てに
「あんたら、無免許操業じゃん。モグリよ、モグリ。
違法なんだから、捕まっちゃいなさい」
なんて言われた日には、オイオイそれはないだろう、となります。
そもそも、なんで設備設計屋、電気設計屋が居るのでしょう。
意匠設計ばっかりにかまけて、設備や電気のことに全く無関心だったから、
メーカーさんや工事屋さんに「設計協力」ばかりしてもらっていたから。
建築士が設備や電気に見向きもしなかったから。
でも、なくてはならないものだから───。担い手が必要なのです。
なのに───。
建築家目指して建築学科を卒業して、電気設備設計の道に進む人なんて、いないでしょうに。
◇
「ぶーぶー文句言ってないで、取ればいいじゃん。設備一建。がんばりなよ」
本来は、それが正論です。全くもって、仰るとおりです。
異論を差し挟む余地など、1オングストロームだって有りはしません。
多くの機械屋や電気屋は、今からでも、どこかの意匠設計事務所に入って設計実務経験を七年間積んで、
二級建築士を受けて、合格後四年間の実務経験を更に積んで、
それから一級建築士を受けて、合格後さらに五年間の設備設計実務を積んで、
講習を受けて、設備一建になればいいんです。
どうしても、合法的に設備設計をやりたいと思うんならね。
二十年でも、三十年でもがんばればいいんです。
いやいや、そんなにかけるくらいなら、大学の建築学科に入った方が、早そうですね。
さぞや、優秀な設備一建になることでしょう。でも──。
───どこか、マリー・アントワネットの無邪気な言葉と同類の響きを感じざるを得ないのです。
パンに手が届かない庶民が、どうやってケーキを入手すれば良いのでしょう───?
◇
「さあ、病院で給食を作っているパートのみなさん、これからは栄養管理専門医の
時代ですよ〜。
ビジネスチャンスです。みんな、栄養管理学会の専門医認定を受けましょ〜」
……専門医認定を受ける前に、まず医師にならなきゃいけんし。でも、そう簡単にはなれへんし。
よしんば脳みそが少しついてきたとしても、
今の生活で手一杯なのにどうやって医学部の学費を調達するかという重大問題もあるし。
家族の生活も支えんとならんしね。
医者には何の興味も無いけど、給食を作っていたいんだよねぇ〜。
それだけなんだよね〜。
なのに、病院で働くってだけで、医師免許必須になっちゃうの?
「当たり前でしょう。医療関連ではたらく人間として、最低限医師免許を
取得するだけの知識が無くちゃ困るでしょう。いいですか?
人の命を預かってるんですよ!?」
「いえ、そんな大それたものでは……」
「そんなだから、食中毒事件とか起こるんです。きちっと基礎の医学知識を
勉強して真剣に取り組んでもらわないと困るじゃないですか。
だから、医師免許取って下さい」
「え〜〜〜〜ん」
多大な努力と時間をかけて、専門医認定を受けた人が、
医師業務よりはるかに低報酬の給食パートになろうと思うのでしょうかね。
───考えてどうにかなるものでもありませんが。
◇
「意味が良くわからない」
そういう方がいても、それは当然。
その方の理解力がないわけでは決してありません。
ワタクシの表現能力が無いので、満足に伝達できないことが原因です。
今頃になって、貧弱な国語力を嘆いておる次第でして。もっと文章作成の学習をやっておくんでしたね。
これだけの文章表現力しかない者が「図面で建築を表現」なんて、おこがましいにもホドがあります。
学んだことも無い。実務でやったこともないのに。
◇
けれども───。
一級の受験資格があるワタクシは、設備屋の中ではものすごく特殊な部類。
だから、何とかしてまずは一級を取ればよいのです。いや、取るべきなのでしょう。
うん。ともかく、できる限りのことは、しよう。
◇
「構造の、国。」や「設備の、国。」の記事で仮定したような状況だったとしたら、意匠屋さんはどう思うのかなぁって、遠くを見つめてみたりします。
馬鹿な仮定すんなよ、くらいにしか思わないのかなぁって。
設備設計に関心の無い建築士、国交省に牛耳られるんだったら、
「もう、勝手にすれば」と思わなくもない。
「設備」はますます高度化・複雑化し、実務の作業量も増えていくのに、
設備設計実務を行う者の立場はますます弱くなり(というか非合法化され)、
報酬もますます少なくなり、何かあろうもんなら全責任を押し付けられる。
となると、果たしてこの業界に留まっていて良いのだろうかと、自問自答しつつ。
ワタクシの生息地域では、今年の「建築設備士」の受験者が少ないため、受験講習会の参加人数を確保できず、講習会取りやめになったそうです。
建築士法がこうなってしまっては、もはや「建築設備士」は消え行くのみですもんね。
◇
過日、同業者(個人)が廃業しました。
「もう、やっていけない」と。
先日、同業者(法人)が潰れました。
仕事量は増えて、報酬は下がる一方で、もたなかったようです。
大手ということもあり、意匠設計事務所からは過去のしがらみから
「付き合い」で超安値での受注を半ば強制され続けていたようです。
同業者(法人)が、廃業するという話を聞きました。
身売りを打診しても、買い手がつくわけもなく。
事実上廃業状態に陥った事務所も、あちらにも、こちらにも。
「だったら、つべこべ言わずに、一級取れよ」
堂々巡り。
それに───。
───取ったら食えるのか?
・・・・・・それとこれとは、無関係だったりします。
足の裏の飯粒。
汚いことに目をつぶれば、食える。
病原体がうようよしていて後に命にかかわるリスクを覚悟でなら、食える。
そんなもんなのかも知れません。
◇
ある設備屋さんが、元請の意匠屋さんに言ったそうです。
「わたしは取れないから、あなた、設備設計一級建築士を取って下さい!」
これが、冗談にしか聞こえないか、
設備屋さんの悲痛な叫びとして聞こえるか。
まあ、前者に聞こえるのでしょうね。
(「無関心。」おわり。)