2007年07月28日

オーバーフローしない器を持ちたい。

このトシになると、もう、「ただの丸暗記」なんか大してできません。

水で満ちたコップに、更にどんなに水を注いでも、容量は変わりません。
容量を超えると、オーバーフローします。
中の水はてきとうに入れ替わっていますから、
以前覚えていなかったことを覚えているということも発見しますが、
その分何かを忘れてしまっていることも見つかります。

試験前に必死で表面張力分を上積みしても、
ちょっとの振動ですぐ崩れます。

ぜんぜん身にならない。

そんな知識は、何の役にも立ちません。「点を取る」ことだけが目的の知識。

バカバカしい。


そんな状態で、まぐれで、たまたま合格なんかしても、世の人に迷惑です。

だから、堂々と玉砕。 ……って、威張れるようなことじゃないけど。



じゃあ、どうする?


『器を大きくする』しか、ありません。


大きな器には、たくさん入ります。
少々雑な入れ方をしても、そんなにこぼれません。


どうやって大きくするのかなぁ。



そもそも人には、「持って生まれたもの」があります。


「なせばなる」


一面で、真理。けれども一面だけ。

決して出来ないこともあります。

「同じ人間じゃないか」

いえ、"同じ"人間なんて、いません。人類という同じ"種"ではありますが。

努力したら、誰でもイチローのようになれるでしょうか。
努力したら、誰でも三遊亭円楽のようになれるでしょうか。
努力したら、誰でも植村直己のようになれるでしょうか。

努力しなければなれないのは確かでしょう。
でも努力したら必ずなれるというわけではありません。


それぞれ、持っているものが違う。器がある。器の種類がある。
古今亭志ん生が努力したからと言って、有能な宇宙飛行士になれるとは思えない。
羽生善治が努力したからと言って、有能な戦闘機パイロットになれるとは思えない。



「人の何倍も努力して……」

でも、限りがあります。1日24時間は、延ばせない。

睡眠時間を削っても、できるか。
仕事をやめてでも、できるか。
家族を捨てても、できるか。

人にもよるでしょうけど。



学生時代、いたでしょ?

大して真面目に勉強してないのに、出来るヤツ。

同じくらいの努力程度なのに、自分より圧倒的に出来るヤツ。

どうにもこうにも「歯が立たない」ヤツ。

「コイツ、どういう脳ミソしとんじゃい」というくらい頭のいいヤツ。
記憶力とか理解力とかそういうレベルじゃなくて、
文句無く人類としての"質"が違うヤツ。

彼らの前には、一般的な「頑張れ頑張れ」的精神論は、いとも簡単に粉砕されてしまうものなのです。


ものすごく頭は良いけど、常識的に変なヤツもいたでしょ?

(頭は良くないけど、変なヤツ……それは、ワタクシのことで)



『器を大きくする』ために────。

(飽くまで、『人間として』じゃなくて、『設備屋として』ですけど。
 人間としての器は、もうどうにもなりまへん。小さすぎて。)


先天的な『器』は、どうしようもありません。
あきらめる(または、感謝する?)しか、ありません。


獲得形質としての後天的な『器』については、少しは余地があるのではと
期待しています。


単純記憶の『器』は小さくても、もっと大きな記憶の『器』を使うことで、
それをカバーできるのでは、と。


日々の仕事の中で、『体験』『経験』を増やしていくこと。
それらに基づいた、実感のある記憶を刻み付けていくこと。
血となり肉となった記憶は、そうそう忘れたりしませんから。


記憶の引出から無理に引っ張り出す知識じゃなくて、
「当ったり前」のことにする。



健康であれば、歩くために一々考える必要はありません。

「ええと、右足蹴り上げ力300N、微速発進、
 体重移動速度2m/sec、重心移動サイクロイド関数制御、
 左右傾斜角プラスマイナス2.2°以内に収束、
 視線は前方右3°、見下げ12.5°、
 後方音波確認、異常なし、
 上方カラス2個体接近確認、攻撃要素なしと推定、
 前方男性近接遭遇想定時刻28.5秒後、
 右方幼児推定3歳、既視者データベースに記録有────。」

こんなことをいちいち確認していなくても、余程のことがなければ
転んだりしない。


『当ったり前に解答できる』とは、そういうこと。


そのためには、『経験』が重要なのではないかと思います。
どんなに「歩き方」を机上で学習しても、実際に歩かないことには
「歩き」が身につくことはないでしょう。


「習うより慣れろ」の境地ですかね。


習うだけではダメ。
慣れて、習うのがベスト。


今まで受けてきた試験は、それで何とかなった。
設備系の資格だから、「経験」とうまくリンクしていたから。

けど、一級建築士は、仕事の領域と若干(いや、結構)ずれてる。

その"ずれ"が許容範囲内だったら、『当ったり前』にすることができるだろうし、
範囲外だったら、どうあがいても無理。


誰だろう。
設備設計も建築士の独占業務だなんて決めたのは。

絶対、設備設計の「せ」の字も知らない人に決まってる。
知ってる人だったら、そんな変なことは決められないから。

まあ、試験問題見たら、わかりますけどね。
「『建築士』に設備の知識なんて不要」
学科、製図とも、試験問題自体がそう語っています
……残念な事ですが。


「いや、今年は設備関連が多かったぞ」


んなことありません。
一般的な受験生(意匠屋さんが多い?)が、設備を知らないだけ。


あとは、建築工事に関して、実体験が出来ないことをどの程度バーチャルでクリアできるのか。そのあたりですかねぇ。

パイロットも、実際の操縦訓練の前に、シミュレーターで訓練を積みます。バーチャルでもかなり効果の高いものもある。



努力でカバーできる範囲、
努力ではどうにもならない範囲、


見極めは、大切だと思います。


でもまだ、見限るには早すぎるかな〜。
大した努力してないもんなぁ〜。


「受験のために努力し続けること。その姿勢にこそ意義がある」
そういう考え方も、できないわけじゃありませんが。

でもワタクシだったら、「受験のため」の努力なんて、アホらしゅうてできまへん。
それなら本業で、もちっとがんばりたい。


(「オーバーフローしない器を持ちたい。」おわり)
posted by けろ at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築士試験 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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