何だかわかるだろうか?
何かの塔、という感じであるが
塔と呼ぶにはこじんまりしている。
近くに説明板が掲げてあった。
どうやら、明治期に設置されて、
半世紀前まで使用されていたものであるようだ。
登録有形文化財でもあるようだ。
水源池として水が貯められていた場所ゆえ
それなりに水位変動が生じる。
もし大雨などで決壊でもしようものなら、
下流域で被害が生じるかもしれない。
ということからかどうだか、
水位は常時観測されているようである。
常時、といっても誰かが詰めているわけもなくて
当然のごとく遠隔監視である。
そのためのポールや盤は、だいぶ新しい感じであった。
そこから伸びる、おそらく水位センサーへと伸びるケーブルが
いくつかのプルボックスをつなぐ電線管に納められているようだ。
これまたほんとうにピッカピカで、
つい昨日設置しましたっていうくらいに
キレイであった。
これだって、今後長い年月を経ていくうちには
上にかかる橋の脚に負けないくらいに
古びて錆びて、やがて朽ちていくのである。
いつだって、新旧の対比は眩しい。
新しいモノは、綺麗だし機能的だし素敵だ。
でも、古いモノにも、古いなりの含蓄と趣と
その背後にある歴史とが輝くものなのである。
その輝きを脳裏に捉えることができると、
古いモノもまた美しく麗しく魅力的に見えてくるものなのだ。
ニンゲンは、どう?
その来し方が、現在に反映されているはずだ。
そして現在の在り方が、明日に、将来に
反映されていくのだ。
だから、あんまりにも無為に、いい加減に過ごすのも
よろしくはないのである。
適度に休息を取ったりボケーっとしたりするのは
これまた必要なことだけれども。
飽くまで、「適度」に。
わかっちゃいるけど……ね。
(それを称して「わかっちゃいない」と言う)
(「古い施設と新しい配管」おわり)
【関連する記事】