なんと言っても「札幌農学校」である。
「農学校」を名乗っていたが、
欧米諸国の最先端の農学・工学・数学などを英語で学ぶ
最高学府としての存在であった。
その寮が、移築復元されている。
「恵迪寮(けいてきりょう)」と呼ばれた。
この系譜を継いでいる現在の北海道大学の寮も恵迪寮を名乗っているが、
現在の寮が建てられる前、木造の寮に入っていた現在高齢の方々にとっては
もはや別物と捉えられるのであろう。
軟石の基礎の上に、木造で建築されている。
必要に応じて新材を多用しつつ、
当時の雰囲気は、再現されているのではなかろうか。
いや、実際には、もっともっとごちゃごちゃして猥雑であったのかもしれない。
わからんけど、昔の寮のイメージって、そんな感じ。
もしそうじゃなかったら、ごめんなさい。
いつどこで誰が書いたのか、どこかに掲示があったかもしれないけれど、
天井に延々と「檄文」的な何かが貼ってあった。
現在の鉄筋コンクリート造の寮(といっても、1983年築ということだから
既にだいぶ古くなっている)に移る際に、
安保闘争や学生運動の名残も相まって、寮自治会の反発は強かったと聞く。
4人1部屋の寮室に、鋳鉄製の放熱器が据えられていた。
転倒防止金物を付加するなど、当時とは多少異なるであろうが、
これらが一緒に存在していることが嬉しい。
さて、今でも蒸気は通されているのだろうか?
いないだろうなぁ。
このために、村内にボイラーマンを常駐させるわけにはいかないだろうから。
寮の脇に、如何にも食べたらヤバそうなもの。
でも、見た目はキレイで魅力的だ。
見た目だけではない……
建築物にも、人間にも通ずることがあるんじゃないかな。
(「旧札幌農学校寄宿舎」おわり)