なかなかおもしろかったから、
ご紹介しておく。
かつて北海道は、国内有数の産炭地であったから
富国強兵・殖産興業の礎として
国内各地に送り出されていた。
北海道の鉄道は、そのために敷設されたのである。
石炭積出用の高架桟橋の模型が圧巻。
模型も凄いのだが、
これを実物で造ったんだから、もっと凄い。
しかも明治44年(1911年)のことである。
現代のインフラ整備では重機や装置が大活躍であるが、
昔は人力・馬力に頼るしかなかった。
鉄道橋の架橋は、それはそれは大変な事業であっただろう。
何をするにも、人間の「手足」によるのだから。
これらの建設のために
多くの囚人たちも駆り出されていった。
「駆り出す」というか、
実際には「強制労働」。
いろいろな犯罪(中には政治犯も)で収監されていた者たちが
鉄道や道路や農地の整備のため各地に送り込まれ
病気や事故や寒さで命を落としていったという。
懲役のはずが、実質は死刑であった……という例も
少なくなかったようである。
(樺戸集治監も、その1つである)
あの重たい蒸気機関車(と炭水車と客車)を支えるために
この木材で大丈夫だったんだろうか。
大丈夫だったり、ダメで事故って造り直したり、
まあいろいろあったんだろう。
当時の設計者は、
現代のようにコンピュータを駆使した構造計算ができなかったわけだから
経験と勘とに頼るしかなかったであろう。
むしろギリギリを狙う現代の設計と異なり
相当な余裕をみた造りになっていたと言えるかも知れない。
蒸気機関車は、
「走るボイラー」
ワットさんが蒸気機関を発明してから
世界の産業・交通が飛躍的に発展した。
『発展』は、文明社会の質の向上にとってとても良いことであるのだが
それに伴って失われてしまったモノも少なくないのかも知れない、とも思った。
(「小樽市総合博物館本館の展示模型」おわり)