多いであろう。
地方によって、
学校によって、
8月下旬から始まっていたりするところも
あるだろう。
大学になってしまうと、
まあ、アレだが。
児童・生徒の自殺数が統計上最も多いのは
2学期の初め
9月1日なのだという。
いじめ、
体罰、
成績、
いろんなしがらみ、
原因はいろいろなのかも知れないが
とにかく
「死にたい」と思ったから
死を選んだのであろう。
最近は「不登校」が「悪」視されなくなりつつあり
登校以外のあり方が広がりつつあるようだ。
良いことだと思う。
人間社会の中には
「いじめ」が付き物なんじゃないか。
程度の違いこそあれ
「いじめ」のようなものが
皆無という世界は無いんじゃないかなんて
思ってしまうくらい
身近に見聞する。
「いじめ」じゃなくても
自分自身に対する悲観だとか
物事がうまくいかない諦観だとか
何もかもに対する絶望だとか
はたまた失恋とか
「死」を選ぶきっかけになりそうな材料は
いくらでも転がっている。
「死んでしまうくらいなら
行かなきゃ良いのに」
「死んでしまうくらいなら
やめちゃえばいいのに」
「死んでしまうくらいなら
逃げちゃえ、逃げちゃえ」
外部からそう言うのは簡単だが
そういうふうに考えることが出来なくなってしまう状態にあるから
「死」を選ぶ以外の選択肢が見えないのだという。
そんな時には
本人からSOSを出すことができないから
周囲が気づいて受け止めて対処する必要があるそうだ。
『不登校新聞』なるものがある。
編集長の石井志昴氏の記事も紹介されていた。
学校でも、職場でも、家庭でも、どこでも、
「キツイ」状況に陥ったとき
参考になるのではないだろうか。
さぁて、
締切商売のワタクシも
それなりに現実逃避する必要があるかも知れん。
困って悩んで焦って慌てふためいているだけだと
気付かないうちに心身のいろんなところが悲鳴を上げ出しそうだ。
そうならないうちに……。
(「ああ、2学期。」おわり)
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