2016年07月14日

想像力の壁

『想像力の壁』という言葉が、
目にとまった。


鈴木大介氏によると、
「人は自分が見たことのあるものにしかリアリティを感じられない」
http://toyokeizai.net/articles/-/123487?page=3
のだそうだ。



報道に接して、違和感を感じることがあるのは確かである。

「どうしてこんなに表面的な事象しか捉えていないんだろう」と思ったり、
「そういうことじゃ、ないんだよな」とダメ出ししたくなったり、
隔靴掻痒というか、
「なんとなくそうなんだけど、そうじゃない」感と言うか、
そんな感じを受けるのである。

氏の文章を読み、
少し合点がいったのである。



時々報道される、
建築に関わる事柄は、
やはり普段関わっている内容であるからこそ、
取材者・記者の捉え方の浅さというか、
基礎知識の無さというか、
(何か偉そうな表現で申し訳ないが)
もう少し深く掘り下げないと、実際のところは見えてこないよと
思うことが多い。


「取材」と称しているものの、
実際には取材計画という名のシナリオがあり、
既に出来上がったストーリーに基いて
「画」を撮る、行間を埋めるためだけの、
そんな行為。


そのシナリオ自体が間違っているかもとか、
シナリオ・ライターの理解度がどの程度であるとか、
そういう点にはお構い無く、
「視聴者受けするかどうか」
「『わかり易い』と受け取ってもらえるかどうか」
という一点に絞った、一面的な、
ステレオティピカルな、
そんな報道。


たまたま、自分自身が建築に関する分野に居るからこそ
そう感じられるのだ。



身内の病気に関する取材を受けたことがある。
こういう主旨のコメントを、
あなたのお名前で出してもよろしいですか?
と仰る。

記事の体裁として、
何処そこの誰々が「○○、○○」と語っている、
という一文を付けたいんだと。

こちらがどう考えているか、などお構いなし。
訊きもしない。

そう単純なお話ではないのだ。
2、3行の文で言い表せるほど、
簡単な事象ではないのだ。

もう明日の記事の原稿締切時間が近いから、
了承してもらえないかなんて、
そんなものは、そっちの都合でしかない。

申し訳ない(とは、あまり思えなかった)が、
お断りさせていただいた。

すごく、不満そうだった。



自分に関わりの少ない分野に関する報道については、
そういう事を感じることができない。

感じることはできないけれども、
きっと同様な現象が、
あらゆる分野について、あるのに違いないのだ。


別に、
取材者・記者が無能だなどと主張しているのではない。

シナリオの沿うだけのやっつけ仕事をしているだけの輩も
少なくないのであろうが、
そうでない御仁もまた、多くおられるに違いない。

それでも、
ありとあらゆる事象に精通している記者など、
居るわけは無い。

十分に掘り下げて、
本質を突いた記事を書くなど、
ごく限られた超人にしか
出来ないはずなのだ。

人としての限界なのだから、
仕方がないのだ。



そういう前提で、記事を、報道を、見るようになった。



冒頭の
『想像力の壁』


壁である以上、
なかなか越えるのが難しいのだ。

だけれども、せめて、
「そこに壁があること」だけは
認識していたい。


壁が存在している事実に気づかず、
あたかも、そんな壁など無いかのように
無条件に、ただ受け入れることだけは避けたい。


「食べるパンが無いのなら、
 ケーキを食べればいいじゃないの」
 (……後世の捏造らしいが)

という捉え方をせずに済むようでありたい。


そのためにも、
なるべく多くの事を観て、
聴いて、
感じて、

壁量を減らし、
もしくは低くし、
或いは薄くしていきたいのだ。

自分自身として、
そうありたいと願うのみである。


他人の事は如何ともし難いし、
そもそも、他の人の内面をどうこうしようなどと、
おこがましい事この上なかろう。

ワタクシが、
他の方の壁の外に居たとしても、
それはワタクシには制御出来ないことである。

「諦めること」も
時として必要だと思うのだ。
(「想像力の壁」おわり)
posted by けろ at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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