でも、『知らない事』が『取るに足らない事』であるとは限りません。
いえむしろ、たくさんある『知らない事』の中に、まだ知らないだけの『大事な事』もまた多く含まれているわけで。
『知らない事』は、自分にとっては『無いもの』と同様です。
だって、知らないんですから。
知らない事なのだから、その重要性など知る由もありません。
でもでも、やっぱり重要なことに変わりはないわけで。
だから、もっと知りたい。
いろんな事を学んで、観て、聴いて、感じて、吸収して。
目には映っているのだけれども認識されず視えていないこと、
鼓膜は振るわせているのだけれども捉えられずに聴こえていないこと、
何度も触れているのに、認知できていないこと。
今までも数限りなくあったし、
これからも幾度となくあることでしょう。
それでも、
千分の一でも万分の一でも、何か吸収できたらいい。
たとい忘れても、また入れれば良い。
ただ、自分にとって重要で大切で愛おしい事柄であったとしても、
他の人にとっては『くだらないコト』『無意味なコト』『キチガイの沙汰』と
感じられるのかも知れません。
それはそれで、仕方の無いことなんですね。
感性や好みは、人それぞれなんですから。
……と、徒然思い巡らしつつ。
なるべく、『知らない事』を『取るに足らない事』であると捨て置かずに、
少し知ってみること、少し聴いてみること、少し齧ってみることを通して、
『良くわからなくても、尊重すべき事』として敬意を払って行きたいなと思うのでした。
(「知らないことは、取るに足らない事?」おわり)
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