妙なものが幾つも幾つもあったんだ。
何だろう、これ。
ぎりぎりまで近くに寄せてみよう───。
◇◇◇
とあるマンションのお宅にお邪魔するんだ。
建物なんてものは築二十六年にもなるとあちらこちらにガタがくるもので、修繕が必要になるんだ。いやいや、むしろ二十六年間も大したトラブルもなく来たんだから、立派なもんだろうね。
此度は、排水の流れがどうにも悪いってんで、外壁タイルの補修工事のその後を見たついでに、住戸の排水管も調べてみることになったんだ。
へえ、タイルのこと、わかるんだ?
そんなこと言って苛めないで。ボク、設備屋だからさぁ、タイルのことは良くわかんないよ。このマンションはね、何年も前から、専門の設計事務所の先生がコンサルタントについて、計画的に大規模修繕をしているんだよ。何でも、屋上の防水だとか、外壁タイルだとか、共用廊下のサッシとか、少しずつ修繕してきたんだって。次はそろそろ設備関係だから、ちょうど相談されたのを機に一度調べてみようということになったんだ。
で、何でキミが居るの?
ゴメンね、ボクなんかが居て。でも、お願いされちゃったんだ、先生に。先生は経験豊富なベテランだし、一級建築士っていうすごい資格を持っていて、建物のことなら何でも知ってるんだ。でも機材とか事務所ではなかなか買えないから、ボクの会社にあるのを貸して欲しいって頼まれて。けどウチの社長、勝手に使われて壊されたら大損害だから、おまえついて行けって言うのさ。
キミが壊しちゃうかもしれないのにね。
失礼なぁ。いや、べつにそんなすぐ壊れるような代物じゃないんだけど。でも前に先生の事務所の別の人に壊されたことがあったから、社長は先生を信用していないんだ。何でかなー。こんなに立派な先生なのにね。ボクは月に一回くらいは使ってるから慣れてるって、社長には思われてるんだろうなぁ。先生なんか、毎週のようにいろんな建物の調査に行ってるっていうから、ボクなんかよりよっぽど慣れてるはずなんだけど。
◇
ピンポ〜〜〜ン
「はぁ〜〜い。あ、調査の方ね。よろしくお願いします」
「どうも、お邪魔いたします。水廻りを一通り、調査させていただきますので……」
「散らかってて、すみませんねぇ」
先生が挨拶して下さるので、ボクは気楽にしていられます。ええと、水廻りっとぉ。
先生、ひとまずユーティリティーのとこを先にいきますよぉ。
◇
床上掃除口をそっと開け……ようと思ったけれど、開かない。この形式だと、二個ポチッと並んでいる凹みにその名も「掃除口開閉器」なる工具の先を嵌めてくるっと廻すだけで開く筈なのにね。
ねじ部分が固結してるのか、床ビニルクロスの接着剤で固着されちゃってるのか。
ぐいぐいやっても開かないものは開かない。仕方ない。力まかせに何としても開けねばあぁぁぁぁぁっっっっとぉ。開いた。
いや、取れた。
掃除口周囲のプレートごと、剥がれちゃった。あれま。先生、取れちゃいました。ま、しゃーないです。あとで接着しときますね。
さてここから見てみますね〜。ええと、コンセント借りま〜す。(ていうか本当は、電気貰いまーすだけど)
モニターのスイッチオン、CCDカメラの先端をウエスでそっと拭って、では、掃除口より侵入開始!
先生、やりますか? ボクが入れちゃっていいんですか? 壊したら困るから? いえいえそんなご謙遜を。壊すはずないですよぉ。社長が怒るから? そうですか。じゃ、ボクやりますね。
垂直降下、異常なし。第一エルボ、九十度旋回します。通過。
「うわ、なにこれっ?」思わず叫んじゃった。
モニターに映る、たくさんの物体。
なんでしょう、これ? え? 大きな声出さないでって? あ、すいません。つい。
いっぱいあるなー。いち、にい、さん、し、ご、ろく……、たくさん。たぶん、三十個くらいはありますねー。
とにかく、ぎりぎりまで近づけてみますね。なんか、しましま模様がついてます。どのくらいの大きさだろう。この管が四十ミリだから、せいぜい五ミリってとこですかねー。
───これって、もしかして───
そーですねー。
さ・な・ぎ。
なにかの虫の。うえぇ。
さなぎがあるってことは、しばらく前にはきっと幼虫がうにょうにょ這い回っていたんだよね。さなぎになるまで育たなかったヤツもあるだろうから、きっともっといっぱいいたんだろうね。
床下で、人知れず、うにょうにょうにょうにょ……。
その前は、卵で。どうやって、こんな中に卵を産んだんだろうね。
わからん。
先生、わかります? わかんないっすよね。
あ、カメラに当たった。転がった。ええい。先へすすむぞぉー。
◇
おっと、水面発見。じゃぼ、っと突っ込んじゃった。もう一度戻って、じゃぼ。ちょっと角度を変えて、もう一度、じゃぼ。あ、画面が曇った。何かカメラにくっついちゃったかな。
これ、洗面器合流部ですよね。水、流してもらっていいですか? ボウルに水を溜めてから栓を抜いて、一気に流してもらえますか? ええ、一気に。
ああ、来た来た。流れてる流れてる。ケーブルをわさわさ揺すって、と。取れた取れた。またきれいに映るようになりました。先に進みまーす。
やっぱり、水、溜まってますね。ほとんど勾配ゼロですもんね。まあ、ころがし配管で勾配を取ろうってのが無理なんですけどね。分譲だから仕方ないですね。あらま、この辺なんか、管径の三分の一は水没しちゃってますね。
更に先へ、と。ええと、これが洗濯機パンの合流部で、……次が、ユニットバス合流で。あらぁ、髪の毛がいっぱい絡まってるぅ。なんかどろどろしたモノがねっとりついてるぅ。うえぇ。
カメラのレンズにもくっついたみたい。溜まった水でじゃぼじゃぼ洗おう。
先に進むぞぉ。
んー。ここが立て管ね。
あれ、前方にも横引き間がつながってるみたい。ぐいぐいっと。進め、すすめ。
ちょっと太いな、これ。ぐいぐい。ぐいぐい。エルボで上に曲がってぇ、と。
これは───。
便器だっ!
◇
先生、戻していいですかぁ?
じゃ、ゆっくりと戻しまぁす。ええ、ずっと録画してますよぉ。大丈夫っす。
ケーブル、どろどろっすねー。なんか、気持ち悪いっすよ。ウエスで拭き取りながらケースにしまって、会社戻ったらきれいに洗っとこ。
先生、完了でっす。
あ、掃除口のとこ、水流しときましょーよ。さなぎ、流しちゃいましょ。気持ち悪いですもん。じょぼじょぼじょぼじょぼ〜〜〜っと。はい、OK〜。これで安心。
掃除口、ボンドで着けちゃいますね。
ハイっと、完了〜〜〜。
◇◇◇
先生、これが録画データです。作業写真も撮っときましたんで、そのデータもあります。
えっ? ボクが持ってていいんっすかぁ? 違う? 報告書? なんでまた。ボクは調査機材の取り扱いのお手伝いで来たんで。お手伝いのついで? いや、作文苦手なんっすよ。何書いたらいいのやら、わかりませんもん。
配管材料、接合状況、勾配、たわみ、劣化状況、水溜り、汚れ、さなぎ───
それって、先生のお仕事じゃぁ? え? 社長に言ってある? ったく、ウチの社長ったら。
わっかりましたぁ。つくってみまぁ〜す。は〜い。
◇
「社長〜っ、ただいま戻りましたぁ〜。来週までに、報告書くれって言われました〜」
「報告書っ?」
「ええ。先生が、作ってくれって」
「で、やるって言ったのか?」
「はい」
「なに安請け合いしてきてんのよ、このお調子モンっ! タダで報告書作ってやる義理なんかないんじゃぁっ。断れっ!」
「ええぇ〜っ? だって、先生が『社長に言ってあるから』って……」
「知らん知らん知らん」
「でもぉ〜〜。」
「断れないんだったら、仕事終わってから持ち帰って家でやれっ!」
「……え──ん」
(「とある、マンションにて。」おわり)
【関連する記事】
おはようございます。
給排水設備のエントリーだったので、質問させてください。
上水の補給が必要な中水利用時の、クロスコネクションしない工夫って、どんな工夫なのですか?
お返事遅くなりまして、申し訳ありません。
ちょっとこのところサボってます……。
ご質問の件ですが、中水に限らず一般的な補給水に上水を使用する場合には、
・ボールタップ
または
・水位センサー+電磁弁(or電動弁)
を使います。
工夫ってほどのものではありませんが、とにかく上水管から吐水する部分が他に触れないようにします。吐水口空間を確保しなくてはなりません。要は直接繋がない、逆流できない構造とする、ということです。
(令129条の2の5第2項第二号)
(水道法施行令第5条第1項第六号第七号)
なお、上水と中水とを使用する建物においては、両者の配管材料をあえて違う材質として、誤接続を防止するという考え方もあります。
>または
>水位センサー+電磁弁(or電動弁)
ですね。
なるほど〜。
>注水に限らず一般的な補給水に上水を使用する場合
と同様。と考えれば納得がいきます。
有難うございました。