すいません。
ある夜、会合で遅くなった。
公共交通機関で帰宅できる時刻は、とうに過ぎている。
元気なときには歩いて帰らないでもないが、北国の冬、しかも少々吹雪模様であったりすると、タクシーを利用することになる。
ときどき、このような機会がある。
運転コースは、こちらからは指定しない。
運転手に任せる。
彼らのほうが、よく知っていることを期待しているから。
「おまかせしますよ。」
「そうですか、わかりました。
一応ね、お客さんには『どの道から行きますか?』って訊くんですよ。
じゃないと、あとから『わざと遠回りしただろう』とか難癖つける人もいますんでね。」
そう答える運転手もいる。
市内の信号パターンは、日によって、時間帯によって、季節によって、変えているとのことである。
ベテラン運転手は、その状況を熟知している。
特に自分で解説したりしない。
ただ、黙々と、運転する。
面白いように、黄色になった瞬間に交差点を曲がり、
曲がった後はしばらく青の交差点を直進する。
ごくたまに信号停止するが、ふさわしい加減速によって、停止時間が極力短くなるように調整しつつ走る。
その時間帯に最も短時間で、かつ距離的にも遠くならないルートで運転してくれるものだ。
結果、到着時には他の車に乗ったときに比べて2メーター以上安くなることもある。
タクシーの運賃は、「時間距離併用制」である。
乗った距離に応じるてメーターが上がる。
信号停止などの時間に応じても、メーターが上がる。
距離が長くなるほど、
停止(渋滞も含む)時間が長くなるほど、
料金が高くなる仕組みである。
運転手が未熟で知識も乏しければ、
「最短距離」を知らないので距離が延びる。
信号にたくさん引っかかり、停止時間が長くなる。
それで、メーターがたくさん上がる。
乗車料金が高くなる。
運転手に悪意(というほどではなくても、意図)があれば、
わざと気にならない程度に距離をかせぎ、
同じ距離でも余分に信号停止時間をつくる。
青と同時に思い切りエンジンをふかして加速し、
3つ目くらいの信号で赤になった直後くらいに信号停止する。
赤信号の間まるまる停車しているから、停止時間もかせぐことができる。
同じ出発地、同じ目的地の間を運転していても、
最短距離、最短時間を選択できる有能ドライバーほど、
売り上げが少なくなる。
無能(もしくは悪意)ドライバーほど、
売り上げが多くなる。
では、「有能」に対する報酬は、マイナス?
タクシー会社の目で「有能」というのは、意図して距離と時間を稼ぐ能力を持つことを言うのであろう。
しかし利用客の立場において、そして純粋にプロの運転手としての有能性は、
やはり最短距離・最短時間で運行する能力であろう。
「有能」を量る、客観的(定量的)なモノサシが無いために、このようなことになる。
現状は飽くまでも、タクシー乗車料金は、
「距離」と「停止時間」
この2つの量だけで、決まるのだから。
それに、「有能」を数値化するのは、難しい。
それをメーター料金体系に組み込むのは、もっと難しい。
だから、やらない。
金額で表現できるものは、実はそれほど重要なことではない。
金額で表現できないもののほうが、価値あるものであることが多い。
だから、ただの金儲け主義は、あまり喜ばれない。
金では表現できない価値あるものを捨て去ったと感づかれてしまうから。
時給いくら、月給いくらなどという金額は、人物の評価とはあまり関係がない。
経営上、雇い主側がそれくらいが良いと判断しただけの金額である。
能力のすべてを詳細に数値化なんでできないから、
「まあ、ぜぇ〜んぶひっくるめて、これだけ。」
というだけのものだ。
だから、「マイナスの報酬」現象が生じる。
やむを得ないのだ。
(「マイナスの、報酬。(2)」おわり。)
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