2007年01月22日

召使の、日常。

あるお屋敷に、召使がいました。

ご主人さまは、会社を経営しておられます。

景気の良かった頃には、会社もかなり利益を上げていたそうなのですが、最近は芳しくないようです。

奥様も、別の会社で役員をしておられ、いつもお忙しそうにしておられますが、こちらも資金繰りなどで大変だとおっしゃっています。

お子様たちは、たいそうワンパクであられますが、元気いっぱい。よい子たちです。

よそのお屋敷では、威圧的に怒鳴り散らしたり暴力を振るったりされるご主人もいらっしゃるようですが、わたくしのお仕えしているこのお屋敷では、ご主人も奥様も、とても良い方々で、わたくしには、いつもやさしく接して下さいます。

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わたくしは、もともとお料理やお掃除が好きで、いろいろと工夫してやっていくのが楽しいのです。

お屋敷の召使になる、という希望をもっていたわけではありませんが、とある方のご紹介で、このお屋敷でお仕えすることになりました。

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召使の仕事は、お食事の準備、お洗濯、お屋敷のお掃除です。

お給料は毎月、月末にいただいております。

わたくしの家では病弱な両親と育ち盛りの弟たちをかかえ、家計が楽ではありません。
そのため、わたくしのお給料はわが家の貴重な収入源となっています。

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奥様「悪いわね。今月、主人の会社の売り上げがいまひとつなの。
   今月のお給料は、2割減らさせてね。」

召使「お仕えするに当たって、お給料は毎月10万ギル頂戴すること
   でお約束いただいておりましたが。」

奥様「そうよねぇ。悪いと思ってるわ。でも、ごめんなさい。
   今月は仕方がないの。だって、主人の収入も減ってしまった
   のですから。また今度、この埋め合わせはさせていただき
   ますわ。」

召使「ご主人様も奥様も、いろいろと大変ですものね・・・。」


召使としては、受け入れるほかはないのでした。

8万ギルの給料をもらい、税金を納め、小麦粉を買い、弟たちの学費を納めました。

毎月、10万ギルで何とかギリギリやりくりしている身としては、2万ギルの収入減は痛いものがありました。

召使「どうしましょう。一体、何を節約すればいいの。家賃が
   半分しか払えないわ。」

知人から、1万5千ギルを借りて、何とか来月分の家賃を払いました。返すアテは、奥様のおっしゃった「この埋め合わせ」に期待するしかありません。

お給料の減額は、今回で3度目。

あれっ? 前にも「埋め合わせ」って言って下さいましたけれども、何かありましたかしら。

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ある日、ご主人が知人をお連れになりました。

主人「きみ、悪いが、ちょっと頼みを聞いてもらえないかね。」

召使「何でございましょう。」

主人「実は、この人の奥さんが病気で入院してしまってね。
   1ヶ月ほどで退院できそうだということなんだけど、その
   間、彼の家の手伝いもしてもらえないだろうか。」

召使「お気の毒とは存じますが、わたくしもご主人様のお屋敷での
   お仕事がございますので、なかなかそちらのほうまでは手が
   まわりそうにないのですが。」

主人「いやいや、こちらのほうは、少し手を抜いてもらって構わない
   んだ。いや、彼には大変世話になってるんで、何とか助け
   になってやりたいんでね。何とか、ならないだろうか。」

召使「ご主人さまがそうおっしゃるなら、何とかしてみます。」


この日から1ヶ月間、わたくしは大層忙しくなりました。

・・・・・

奥様「とても言いにくいんですけど、最近、洗濯物がたまり気味
   なように思うの。なるべくたまらないように、やっていた
   だけるかしら・・・。いえ、忙しいのはわかってるのよ。
   なるべく、ね。」

召使「すみません、奥様。何とかがんばってみます。」

・・・・・

奥様「いろいろ、ごめんなさいね。この前お願いしておいたお使い、
   行って下さった?」

召使「すみません、こちらとあちらのお屋敷の往復の途中にない
   お店でしたので、後回しになっておりました。すぐに行って
   まいります。」

奥様「忙しいのに、ごめんなさい。あ、でも昼食の用意は先に
   済ませていっていただける?」

召使「そのようにいたします。」

・・・・・

奥様「廊下の隅に、ホコリがたまっていましたよ。ちょっと
   お掃除の手を抜きすぎなのではありませんか。」

召使「申し訳ございません。きちっといたします。」

・・・・・

召使は、てんてこ舞いでした。


・・・・・給料日になりました。


奥様「今月は、大変忙しい思いをさせてしまって、ごめんなさいね。
   はい、今月分のお給料、10万ギルよ。」

召使「ありがとうございます。でも奥様、あちらのお屋敷でお仕事
   しました分は、どのようになっていますでしょうか。」

奥様「あら、ごめんなさい。わたし、主人からどうするか聞いて
   なかったわ。てっきり、あちらのお屋敷から別に払ってもら
   えるものだと思ってましたの。何か聞いてないかしら?」

召使「いいえ。うかがっておりません。」

奥様「そう・・・。とにかく、主人に聞いてみますね。あなたからは
   あちらのお屋敷に聞いてみて下さいな。」


・・・・・主人の知人宅にて

召使「あの、申し訳ありませんが、ひとつおうかがいしてよろしいで
   しょうか。」

知人「何だい?」

召使「こちらをお手伝いさせていただいた分のお給金をいただきたいの
   ですが、こちらではお支払の日は何日になりますでしょうか。」

知人「給料?・・・オレは聞いてないな。お前のところの主人からもらって
   いるものだと思っていたんだが。ウチも、医療費がだいぶかかって
   しまって、経済的には余裕があるわけでもないのでね。ご主人は
   ちゃんと払ってくれないのかい?」

召使「いえ、あちらのお屋敷の働き分は、月々いただいております。ただ、
   奥様にお話しましたら、こちらの分は別にこちらでお聞きするように、
   と言われましたものですから。」

知人「そうかい。そりゃ悪かったね。オレから直接聞いてみることにしよう。」


・・・・・(電話)

知人「ああ、オレだ。キミのところの召使、良く働いてくれて、とても
   助かったよ。オレも仕事のこともあるし、どうしようかと途方に暮れて
   いたからね。ああ、ワイフ?どうやら、近々退院できそうだ。うん。
   手遅れにならずに済んだよ。徐々に慣らしていけば、元気になるってさ。
   大丈夫。ひと安心したよ。
   ああ、そうそう。この召使さんの給料なんだけどさ、キミんとこで面倒
   見てもらえないかい?いや、検査代や手術代に結構かかっちゃってさ。
   うん、うん。いや、そっちも会社のほうとか、いろいろあるのはわかって
   るんだけど。うん、えーと、で、でもね、なかなかこっちも。・・・・うん。
   ま、そりゃそうだ。こっちで働いてもらったんだからね。その通り。うん。
   そうそう。まぁ、そうなんだよね。・・・いや、わかった、わかった。
   そういうわけだね。ん。・・・よし。いいよ。わかった。そのとおりだ。
   こっちで、何とかするよ。いや、ホントに感謝してる。助かったよ。
   うん。じゃあ、ありがとう。」


・・・・・

知人「電話してきたよ。何か、話がうまく通っていなくて、悪かったね。
   こちらで払うようにするからね。あちらでの給料は、いくらだったかね?」

召使「月10万ギルでございます。」

知人「10万か。うん。でもまあ、あっちとこっちで掛け持ちだったわけだから、
   こっち分は半分で5万ってとこかな。」

召使「ええ・・・。でも、その分朝早くから夜遅くまでお仕えしておりましたので
   ・・・。」

知人「まあ、それもそうだね。普通1日8時間のところ、6時間くらいはウチで何やかや
   働いてもらったもんな。本来は、7万5千ギルくらいは払ってあげてもいい
   ところかも知れないな。ただね、ウチもいろいろと大変な面もあるから、
   ちょっとまけてもらって、5万ということで了解してくれると、とても
   ありがたいんだが。」

召使「5万、ですか・・・。」

知人「きついかい?・・・まぁ、でも、うちもきついんで、『傷み分け』ってことで
   何とか5万で頼むよ。ね、いいよね?」

召使「・・・痛み分け、ですか?・・・。」

知人「ね? 本来は、キミのご主人のお宅での仕事なんだ。その範囲内で、ウチの
   手伝いもしてもらう、という話だったんだ。だから、わたしからの5万ギル、
   あちらから5万ギルで、丁度良いはずなんだよ。でも、あっちの分は満額もらって
   るんだろう? だからね、ウチからの5万ギルは、大奮発のご褒美、ということ
   なんだよ。ね、よくやってくれたから、ご褒美。」

召使「・・・・・。」

知人「そうかい、了解してくれるかい。悪いね。うん、すまないね。来月末には
   ちゃんと渡すから。」

召使「今月ではなくて・・・?」

知人「うん、うちは、支払はみんな翌月末払いと決めているんだ。」

召使「・・・・・。」

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奥様「あしたの昼なんだけど、お得意様の奥様たちをお招きして
   食事会をすることになったの。急で悪いんだけど、食材を
   そろえておいていただけるかしら。ええ、わたしが作り
   ますから、あなたは買い出しだけでよろしいですわ。」

召使「かしこまりました。どのようなメニューをお考えですか?」

奥様「そうねぇ。なるべく手間がかからなくて、ちゃんとして見える
   ものがいいわね。おまかせするわ。たのみますね。」

・・・・(召使、考える。)

召使「何がよろしいでしょうか。奥様の得意なお料理といえば。
   ・・・ありませんわ。どうしましょう。
   そうだわ。今の旬で、カキフライなんてどうかしら。
   わたくしがタルタルソースをお作りして、衣を準備して、
   カキの殻を割って、レモンを切っておけば、奥様が
   カキの身に衣をまぶして、油で揚げるだけ。
   お皿にお野菜を盛り付けておけば、揚がったフライを
   乗せるだけで格好がつきますわ。
   これなら、奥様がご自分でメインディッシュをお揚げに
   なるのですから、奥様のお料理と言えますし。」

・・・・

召使「あの、奥様。」

奥様「なんでしょう?」

召使「明日の昼のメニューなのですが、今が旬で一番おいしい
   カキのフライはいかがでしょうか。ソースや野菜は
   わたくしのほうで準備いたしますので、奥様に
   メインディッシュのカキを揚げていただきたいと
   思いますが。」

奥様「まあ、それは良い考えね。久しぶりのお料理で
   腕が鳴るわ。じゃあ、食材費をお渡しするわね。
   一番良いものを買ってきてくださいね。」

召使「かしこまりました。行ってまいります。」

・・・・・召使、買い物にでる。と、電話が鳴る。


客A「明日はお招きありがとう。たのしみですわ。」

奥様「いえいえ、かえってお呼び立てして申し訳ありません。
   明日は、今が一番おいしいカキのフライを準備させて
   いただこうかと思っておりますの。やはり、食材は
   旬に限りますわ。」

客A「カキ、ですか。わたくしもカキは好きですし、今が
   旬なのも確かですが、このところのノロウィルス
   騒動が少し気になりますわね。」

奥様「ノロウィ?」

客A「ノロウィルス、ですわ。このところ、ニュースで食中毒の
   ことをやっていますでしょう。何でもカキに含まれるのだ
   そうで、ちょっと気にしておりましたの。」

奥様「あら、たいへん。うっかりしておりましたわ。
   そうでした、そうでした。ノロでしたわね。
   そうですわ。カキを使うわけにはいきませんわ。
   こういうご時勢ですからね。
   ええ、ええ。そのような心配のないものをご用意しており
   ますので、ご心配なさらずに。
   はい、ありがとうございます。
   明日、お待ちしておりますね。」


・・・・

召使「奥様、ただいま戻りました。上等のカキを買うことができました。」

奥様「あら、お帰りなさい。
   カキ? だめよだめよ。カキはだめなの。
   今電話もいただいて。ええ、ノロなのよ、カキは。だから、ダメ。
   カキフライではないメニューにしなくてはならないわ。
   どうしましょう。」

召使「ダメ、なのですか?」

奥様「ええ、とにかく、ダメ。ノロなのですから。
   何かいいメニューは無い?」

召使「お魚屋さんでは、このカキは新鮮だし、衛生管理は万全で、ウィルス検査も
   頻繁にしていて大丈夫とおっしゃっていました。」

奥様「でも、ダメ。とにかく、ノロなの。ね、そういうこと。ノロは、ダメ。」

召使「でも、すでに買ってきてしまっております。」

奥様「あなたのおうちの食材に使って下さいな。それよりも、何か別のメニューを。」

召使「・・・・・エビフライにいたしますか? これでしたら、お野菜や
   ソースは同じ材料でご用意できますし。エビだけもう一度買って来ましたら
   何とかなりますので。」

奥様「そうね。そうしましょう。
   じゃあ、タルタルソースとお野菜は、よろしくお願いね。
   エビだけ買ってきて下さる?」

召使「あの、食材費は?」

奥様「さっきのを使ってくださる?」

召使「カキを買ってしまいましたので・・・。」

奥様「あら、それはあなたのお家のおかずになるのですから、
   あなた持ちですわ。その分でエビを買って来て下さいね。」

召使「・・・か、かしこまりました・・・・。」

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奥様「来週一週間、遠方からお友だちが来て、わが家に泊まることに
   なりましたの。それで、客間の準備をしていただけるかしら。」

召使「客間としてすぐお使いいただける部屋がないのですが・・・・。」

奥様「そうなのよ。それで、2階の主人の書斎、あそこを模様替えして、
   とりあえず客間にしたいのよ。ほら、このところ主人は出張が
   多くて、ほとんど書斎に居ないでしょ。ただの物置みたいに
   なっていますし。だから、ちょうどいいのよ。」

召使「ほんとうに、物置のようになっていますので、だいぶ大掛かりに
   なってしまいますが・・・。」

奥様「そうね。ですから、一週間前からお願いしているわけ。」

召使「大きな家具や本棚もございますし、どういたしましょう。」

奥様「下の納戸にでも詰め込んでもらって構わないわ。」

召使「いえ、わたしの力だけでは、とても運ぶことができませんので。」

奥様「応援を頼んでも、一向に構わないのよ。とにかく何とかして頂戴。」

召使「わかりました。何とかいたします。」

・・・・

召使は、弟たちや近所の幼なじみ、お屋敷に配達にくる青年たちに声をかけて、
手伝ってもらいました。
衣装だんすや本箱、どっしりとした木の机、応接セットなどを、1階の納戸に
運び入れました。
逆に、納戸に納まっていた客用ベッドを2階に運び込み、何とか客間の体裁を
整えたのでした。

・・・・

召使「奥様、何とか客間としてお使いいただける状態になりました。」

奥様「間に合ったわね。ホッとしたわ。突然のお話だったから、あせって
   しまいましたけど、さすがあなたね。ちゃんとやってくれたのね。」

召使「重い家具もたくさんありましたので、たくさんお手伝いしていただき
   ました。」

奥様「そうね。あなた一人ではとても無理ですものね。」

召使「ええ。それで、お手伝い下さった方たちに、少しばかりのお礼を
   したいのですが、よろしいでしょうか。」

奥様「ええ、どうぞ。ちゃんとお礼をあげて下さいね。」

召使「6人の方々に3時間ほど手伝っていただきました。時給300ギルとして
   5,400ギルほど払って差し上げたいと思います。」

奥様「ちょっと安いけど、まあ、お手伝いだから時給300ギルはいいところで
   しょうね。」

召使「つきましては、5,400ギル頂戴できますでしょうか。」

奥様「えっ? あなたが差し上げて下さい。」

召使「ええ、ですから奥様からお預りして、わたくしから皆さんにお渡し
   いたします。」

奥様「何言ってるの。あなたがお手伝いを頼んだのですから、あなたが
   お払いなさい、と言ってるのよ。」

召使「わたくしが、ですか?」

奥様「当たり前でしょう。あなたのお仕事だったのですから。
   あなたがご自分でなさらないで、お手伝いを頼んだのですから、
   あなたが払ってあげて下さいね。」

召使「・・・・・」

奥様「あ、そうそう。お友だちが帰ったら、また元の書斎に戻しておいて
   下さいね。大して使わないくせに、主人ったら『オレの書斎を返せ』
   ってうるさいものですから。よろしくね。」

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ある日、公民館の館長さまから、召使に電話がありました。

館長「ああ、召使さん。お久しゅう。いや、このたび電話しました
   のは他でもない、あなたに短期料理教室の講師をお願いしたいと
   思いましてね。」

召使「講師、ですか?」

館長「うん。公民館では村民向けに2ヶ月ごとの短期講座をやっておるん
   ですがね、来月からの講座には、ぜひあなたの料理教室を、という
   要望がたくさん入ってきておりましてね。」

召使「どうしてそのような。」

館長「そちらの奥様が時々お客をお招きになるでしょう。その時に
   出てくる料理が見た目もきれいで大層おいしいと評判なのですよ。」

召使「でも、あれは奥様お手製で・・・。」

館長「何を言っておられますか。奥様が手を加えてもちゃんとなるように
   細かく気を配って準備されているのはあなたでしょう。下準備と
   味付けはみなあなたがされていることは、皆さんおわかりですよ。」

召使「そんな・・・。奥様におこられてしまいますわ。」

館長「大丈夫大丈夫。そちらの奥様だけはご存じないから。ご自分の『腕』
   を吹聴して歩いていらっしゃる。・・・とにかく、頼めますかな。」

召使「わたくしはお屋敷に仕えております身ですので、ご主人様や奥様の
   ご承諾無しにはお引き受けすることはできません。」

館長「ああ、そのことだったら、ちゃんと手は打ってありますよ。そちらの
   ご主人には、話はつけてありますからな。」

召使「それでしたら、喜んでお引き受けいたします。」


・・・・・

奥様「あなた、一体どういうおつもり?」

召使「何のお話でございましょう。」

奥様「あら、しらばっくれちゃって。このごろ、公民館で講師をしてるって
   お話ですけど。」

召使「館長様からお話をいただき、ご主人様もご了解下さっているとのこと
   でしたので、お引き受けいたしましたのですが。」

奥様「わたしは了解した覚えはありませんわよ。」


召使「でもご主人様がよろしいとのことでしたので・・・。」

奥様「あら、やだ。主人のせいにするおつもり? この家で家事を取り
   仕切っているのは、わたしです。わたしが許可しないものは、
   ダメに決まっていますわ。」

召使「・・・申し訳ありません。来週分から、お断りしてきます。」

奥様「そうしてきて下さいな。」

・・・・・

主人「ちょっと、きみ。」

召使「何でございましょう。」

主人「あのね、公民館の料理教室のことなんだけども、きみから
   途中で取りやめの連絡をしたって、本当かな。」

召使「はい。わたくしから連絡させていただきました。」

主人「困るな。勝手なことをされては。館長からわたしに依頼が
   あって、わたしが了解したのだ。わたしに断りなく中断
   されては困るよ。館長も弱っていたしね。せっかくの人気
   講座だったんだ。次回以降は週2回の開講にして、倍の
   人数を受け入れたいなんて言っていた矢先だったのにね。」

召使「奥様の許可なく講師を引き受けてはいけないと、とがめ
   られましたものですから。すぐにお断りするように、と。」

主人「妻が? そうか、弱ったな。いや、彼女のことはわたしが
   なんとかしておく。とにかく、講師は引き続きやってもら
   えるかな。いや、やってもらわなければ困る。」

召使「わかりました。館長様に、もう一度ご連絡いたします。」

主人「いや、連絡しなくていい。館長から文句の電話があった
   ので、『大丈夫。引き続きちゃんと行かせるから。』と
   言ってあるからね。」

召使「わかりました。」

・・・・・

奥様「ちょっと、どういうこと?」

召使「と、言いますと?」

奥様「あなた、講師辞めていなかったのね。」

召使「はい。」

奥様「わたしの指示を無視するおつもり?」

召使「いえ、そういうわけではございません。」

奥様「何おっしゃってるの。現に、講師を続けてる。」

召使「あのあとすぐに、館長様にお断りの連絡をいたしました。
   その夜、ご主人様がお呼びになり、『講師を続けるように』
   と改めてご指示をいただきました。」

奥様「また主人のせい? いい加減になさい。わたしはダメだと
   言ってるでしょう?」

召使「・・・・・(どうしたらよいのでしょうか)」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

・・・数ヵ月後。

召使「あの、奥様。」

奥様「何ですの?」

召使「あの、お願いがございまして。」

奥様「あなたのお願いを許さなかったことはありませんわ。」

召使「実は、母が昨日入院いたしまして。父の看護、家の事、
   弟たちのこともございますので、しばらく休暇を頂き
   たいのですが、よろしいでしょうか。」

奥様「あら、まあ。そうですか。それは大変ですのね。
   そうね、しばらくお家のことをしっかりやって
   いらっしゃい。」

召使「ありがとうございます。」

奥様「ただし、こちらにも毎日顔を出して下さいね。
   掃除や洗濯、食事の準備はある程度やっていただか
   ないと、こちらも困りますからね。」

召使「ですから、『休暇』を頂戴したいので・・・。」

奥様「よろしいですわ。休暇の合間に、こちらも手伝って
   下されば良いのですよ。最低限のことだけ、やって
   いただければ十分ですから。」

召使「最低限、ですか・・・。承知いたしました。」

奥様「休暇中は、お給料は2割払いますね。本当は
   休暇なんですから、お給料は無しと言いたい
   ところですけれども、最低限のことをお願い
   するわけですから。」

召使「ありがとうございます。それで、『最低限』は
   どのくらい必要になりますでしょうか。」

奥様「そうね。掃除でしょ、洗濯でしょ、お買い物と、
   3食の食事の準備と片付け、お客様がいらした
   時の接待と、時間があれば子どもたちのお相手も
   していただけるかしら。それから・・・・。」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

記者「ごめんください。」

召使「はい。ただいま。」

記者「おめでとうございます。こちらの奥様が、当社の
   『素敵なガーデニンググランプリ』を受賞されました。」

召使「奥様はただいま外出しておられますが。」

記者「そうですか。お約束無しでお伺いいたしまして
   申し訳ありません。お電話で、とも思いましたが、
   この賞始まって以来の高得点での受賞でしたので
   直接お知らせしたいと思いまして、お邪魔した次第
   です。」

召使「そうですか。せっかくお越しいただきましたのに
   申し訳ありません。もうしばらくでお戻りになる
   はずです。お待ちになりますか?」

記者「それでは、そうさせていただきます。
   いやあ、それにしても、こちらのお庭はお見事ですね。
   季節感を上手に表現しているだけではなく、お手入れが
   大変行き届いておりますね。たいした奥様ですよ。」

召使「そうですか。」
   (奥様は、何かされていましたでしょうか? お庭の
    お手入れはわたくしのお仕事ですのに。)

記者「この賞は、『月間ガーデニング』の読者の応募による
   ものなのですが、最近はどこも大変凝った作品が多く、
   よほど高いレベルでないと入賞できないのですよ。
   『グランプリ』レベルともなると、プロの庭師でも
   相当の技量が無いと取れない、といわれているくらい
   でして。」

召使「それはすごいことなのですね。」

記者「そうなんですよ。それを、こちらの奥様は受賞なさった
   のですから。しかも、賞の創設から9年目にして、最高
   得点での受賞です。」

・・・・・(奥様、帰宅する。)

奥様「戻りましたわ。」
   
召使「お帰りなさいませ、奥様。お客様がお見えです。」

奥様「わかりました。すぐ応接間に行きます。どなた?」

召使「雑誌の記者の方とのことです。」

・・・・・(応接間にて)

記者「おめでとうございます。『グランプリ』を受賞され
   ましたので、お知らせに上がりました。」

奥様「おやまあ、ありがとうございます。佳作ぐらいの
   出来だと思っておりましたが、何と光栄なことで
   しょう。」

記者「また、ご謙遜を。大変素晴らしいと、審査員の方々
   も絶賛しておられました。」

奥様「まあまあ、ありがたいことです。この庭には、
   毎年頭を悩ませ、大層苦労しておりましたから、
   それが報われましたわ。」

記者「では、早速インタビューに移らせていただいて
   よろしいでしょうか。」

奥様「あらやだ。写真をお撮りになるの? それは
   後日にしていただけるかしら。ええ、できれば
   お話も改めてゆっくりさせていただきませんと。
   ええ、そうですね、来週の火曜日でしたら、
   午後大丈夫ですわ。はい、そうです。ええ、
   ではそのように、はい・・・・・。」

・・・・・

(このあと、奥様はガーデニングの評論家として、ご活躍なさったとか。)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

このようにして、わたくしの召使としての日常が営まれております。

(「召使の、日常。」おわり。)



コノヤウナ モトウケニ ナラナイヤウニ キヲツケヤウト オモフ。
コノヤウナ シタウケニ ナッチマッタトキハ・・・ シカタガナイ。

posted by けろ at 16:56| Comment(4) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お〜。
パチパチパチ。

またもや大作でしたね、
一気に読ませていただきました。

面白〜かったです。
Posted by すみ at 2007年01月23日 12:51
●すみさん
いつもお越し下さいまして、
ありがとうございます。

あんまり役立つことは書いていませんが、
おヒマつぶしに、たまにお立ち寄り下さい。

(『ヒマがあったら、勉強せい』という声も、どこからか聞こえてきそうですが。)
Posted by けろ at 2007年01月24日 01:56
超遅レスですみません。

毎日、昼のニュース前に放送する、地域のお知らせで、
「農家の手伝いをしてくれるボランティア募集」みたいな事を言ってました。
何でも、事前講習で3000円とかの費用がかかるそうです。
ボランティアというんですから、当然無給でしょう。
(お弁当くらいは出るかもしれませんが・・・甘いかな)
これを聞いていて、はたと思いつきました。

「○○○自動車株式会社では、自動車生産のお手伝いをしていただける生産ボランティアの方を募集しています。
希望の方は、生産手順や機械操作、安全面など、
1ヶ月間の事前研修に参加していただきますが、教材費などが必要です。
ボランティア期間中の宿舎は特別に当社で用意し、食事を提供する場合もございます。
ボランティア活動に興味がある方の参加をお待ちしています。 ○○○自動車株式会社人事部」

どうです、これなら人件費削減効果抜群でしょ。
なにせ無給で労働力が手に入るんですから、国際競争力もぐんと強くなること請け合いです。
ボランティアで、雇用ではありませんから、労働基準法も適用外。
事前に研修費を取りますが、内職詐欺みたいに金だけ取って仕事を出さないということは絶対ありませんから、詐欺にはなりません。
ボランティア参加者も、技術や経験を得ることができ、今後に生かせます。

これ、冗談抜きで結構人が集まるんじゃないかと思いますが・・・。

学生のインターンシップとか、海外研修生受け入れとかいう制度がちょっと似ていますね。
そういえば、長野の冬季五輪だったかで、
案内や通訳、会場整理のボランティアの人たちからも入場料を取ったという話があったような・・・。

もう、結構あちこちで実行されているようです。

Posted by 兼業主夫 at 2007年02月07日 13:03
こちらも、超遅レス申し訳ありません。

いまどきの「ハケン」も、似たようなものかも知れません。「今後に生かせる」はずが、正社員のクチがなく・・・となると、悲しいところです。

企業が儲かり、一般消費者の収入は増えない。
だから、消費が伸びず、企業の収益も頭打ち。

結局、企業は自分の首を絞めるだけなんですけどね。目先の利益だけしか、見えないんでしょうねぇ。
Posted by けろ at 2007年02月20日 16:47
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