とある国の、おはなし。
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この国は、古来より優秀な建築技術を有していました。
近代以降も、殖産興業に励み、科学技術立国により国力を増していきました。
科学技術に関するさまざまな資格制度が設けられました。
「大きなものづくり」に関しては、「構造物」と「建築物」とに分類されました。
「構造物」については、それぞれの分野に応じた専門技術者が結集して、ひとつのものを創りあげるのでした。
「建築物」に関しては各種技術を統合して「建築家」が統括することとなりました。
この国における建築物の価値基準は、
「デザインの美しさ、景観との調和。」
が第一でした。
それ以外の要素は、無に等しいのでした。
美しさの実現のためであれば、多少の雨漏りも、高価な建築費も、許容されるのでした。
外光を効果的に取り入れた美を実現するためであれば、開口部にガラスを入れないほうがより良く、冬の風の侵入による寒さも、夏の猛暑の熱気も、美のためならば喜んで耐えしのぐのでした。
建築に携わる建築家たちは、競って美しい建築物を設計するのでした。
いかに、美しさをアピールするか、
それが、建築家の腕の見せ所であり、業界の評価なのでした。
構造耐力、空気熱環境、光環境などというものは、ほとんど評価されないのでした。
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この国でつくられる、あらゆる建築物の設計、製造に携わるには、「建築士」の免許が必要でした。
規模と用途に応じて、一級建築士、二級建築士の区分があります。
一級建築士であれば、どのような規模のどのような建築物でも設計することができました。
二級建築士は、一定規模以下の建築物について設計をすることができました。
木造建築に特化した、木造建築士という資格もありました。
ただ、一級設建築士があればすべての建築物の設計ができますから、皆、一級建築士を目指すのです。
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一級建築士は、大学の建築学科を卒業していれば、建築に関する実務経験年数2年で受験が可能でした。3年制短大の建築学科卒なら3年、2年制短大及び高等専門学校の建築学科卒業なら4年の実務経験で、受験資格ができます。
建築学科以外の卒業者は、まず二級建築士から受験することになります。高校の建築学科卒なら、3年以上の実務経験で、二級を受験できます。それ以外の学歴の人は、7年の実務経験を経て、二級建築士の受験資格ができます。
二級建築士になってから、更に実務経験を4年間積むことによって、一級建築士の受験資格ができるのでした。
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ある建築士が建築物の設計をする場合、まず基本プランを作成します。
基本プランが練られるのでした。
この基本プランをもとに、
構造設計者が構造部の耐力などの構造設計をしていきます。
設備設計者が空調、換気、給排水、制御などの設備設計をしていきます。
電気設計者が受変電、配電、照明、放送、通信などの電気設計をしていきます。
建築意匠平面図を基本に、それを最大限尊重した構造設計、設備設計、電気設計が行われるのが通例でした。
建築家が作成したスケッチは、かなり絶対的な決定事項であって、基本プランが決まった後に構造設計者や設備設計者、電気設計者が変更を要望しても、なかなか受け入れてもらえないのでした。
構造「この部分には柱を設けたいのですが。」
意匠「ここは空間の広がりが欲しいところだから、絶対ダメ。構造で何とかして。」
設備「このあたりにPSを欲しいのですが。」
意匠「そんなスペースは、作れないね。設備で何とかして。」
電気「この高さだと、避雷針が必要です。」
意匠「ダメダメ。あんなものつけたくないよ。電気で何とかして。」
電気「・・・・・。」
と言われてしまうのでした。
プロジェクトの総括は、建築家が行います。
役所に提出する「建築確認申請書」には、一級建築士の氏名が記載され印が押されなければならないのでした。
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あるとき、事件が起きました。
建築物の構造計算書が偽装されていることが発覚したのです。
構造設計者が、構造計算プログラムの出力結果を適当に差し替えて、あたかも満足な構造耐力があるかのように見せかけていました。
現場でも、変だな、ずいぶん鉄筋が少ないな、柱が細いな、と思ってはいたものの、建築確認を通った設計図なのだから、と、そのまま作ってしまっていました。
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地震の多い国でもあり、安全性について不安を覚える人たちが・・・
あちこちの建築物について調べてみたところ、同様の偽装が何件も見つかりました。
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これらの事件が契機となり、建築生産システムの問題がクローズアップされてきました。
プロジェクトを統括する建築士が、構造計算書の偽装を見抜けなかったことが問題視されました。
建築確認検査機関が、これらの偽装に気付かずに建築確認をおろしてしまったことも問題視されました。
問題となった建築物の設計者である一級建築士は、免許を剥奪されました。
偽装を見逃してしまった建築確認検査機関は、指定取消となりました。
実際に構造設計を行った技術者たちは、詐欺罪などで逮捕されました。
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国民的な関心を呼び、早急な対策を求められた国土交通省では、建築基準法及び建築士法の抜本的改正をすることにしました。
建築物には、意匠のほかに、構造、設備の各領域があることが明らかになりましたので、各分野の専門性に対応した資格を創設しようということにしたのです。
新制度案の概要は、次のようなものです。
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一級建築士の中から、それぞれの専門分野に応じた資格を創設する。
すなわち、
構造設計一級建築士
設備設計一級建築士
これらは、現在の一級建築士の中から、一級建築士として各領域の実務経験5年以上を経た者に、講習と修了考査を課し、考査合格者に資格を与えるものである。
建築確認申請書には、これら各領域の者の氏名と捺印を要する。
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この案について、少数ながら、反対意見もありました。
でも、国土交通省の担当局長や、国土交通大臣が的確に回答しましたし、多くの建築士はこれに賛成しましたから、国会の議論でも、
「専門性に応じた資格の創設は、たいへんよろしい。」
ということで、衆議院・参議院とも、全会一致で可決・成立しました。
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ちなみに、国会での質疑や答弁は、こんな感じです。
議員「各領域の専門資格者を、一級建築士前提としたのはなぜなのですか。」
局長「各領域とも、最低限の建築の知識が必要ですから、一級建築士免許を
持っておられることが前提でよろしいかと思っております。」
議員「設備設計に携わっている人は、建築学科ではなくて機械工学科や電気
工学科の卒業者がほとんどなのですが、そういう人たちは建築士の
受験資格が無いのではありませんか。」
局長「やはり、建築物である以上、建築に関する最低限の知識が必要だと考えて
おります。なお、建築士の受験資格については、適切に見直しをしていき
たいと考えております。」
議員「建築設備技術者協会の牧村参考人は、どうお考えですか。」
参考人「われわれ設備設計者は、建築については知識が十分ではありませんから、
建築物の設計に関して新資格が一級建築士前提なのは当然と考えます。」
議員「現在、設備設計に携わる設備士の方で、一級建築士免許も持っておら
れるのは10%程とお聞きしております。設備設計一級建築士の絶対数
が不足することはありませんか。」
局長「施行までに2年ほどありますので、その間に必要数の確保について、
最大限努力してまいりたいと思います。」
議員「一般の設備設計技術者には一級建築士の受験資格が無い中で、確保が
可能なのでしょうか。」
局長「関係学協会のご協力も得て、適切に対処していく所存でございます。」
議員「今回の建築士法改正案につきまして、大臣の総括を。」
議長「冬柴国土交通大臣〜。」
大臣「建築物は、著しい進歩によって、たいへん複雑化しておりまして、
今般の建築士法改正案はそれに的確に対応するたいへんすぐれた
案ではないかと思っております。これを機に、建築関係の偽装は一掃され、
わが国の建築行政が的確に推進されるのではないかと考えております。」
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国会では、大して問題にはされませんでしたが、一部の設備設計者の間では、不満の声も聞かれました。
「だいたい、『設備』ってまとめてるところが変。設備設計と電気設計は、基本的には別の技術者がやってるっていうのにね。その実態を知らないで制度を作ったとしか思えない。」
「オレは建築学科卒ではないから、7年の実務経験で二級建築士を受けて、受かってから4年間の実務経験を経て一級建築士を受けて、受かってから更に5年間の実務経験を経なければ、設備設計一級設備士になれない。7年実務はいいとしても、二級を受けるところから始めて、あと10年はかかってしまう。なんてこった。」
「なぜ、設備設計をやるのに一級建築士が前提なんだ? 彼らと我々とは違う分野の仕事じゃないか。設備は、確かに建築物の一部ではあるけれども、意匠設計者と設備設計者とは協力してひとつのものを造りあげるパートナーなのではないのか?」
「一級建築士の試験に合格しないと、設備設計が出来ないとはどういうことなのか。試験に出るのは、建築計画、建築史、構造力学計算や意匠図の作成。設備関連はごくわずか知識を問うものだけ。設備設計の能力とは全く関係ないぞ。」
「今年の一級建築士試験の製図課題なんて、
『市街地に建つ診療所等のある集合住宅(地下1階、地上5階建)』で、
平面図3層分、断面図、面積表、構造計画の要点(80字)、設備計画の要点(80字)
だったよなぁ。
こんなのに合格しないと、合法的に設備設計ができないと言うのか。」
「てことは、何かい? 今まで各種技術計算をして、設備図や電気図を描いていた
のは、『設計』じゃなかったってことね。あれは単に『意見を述べた』だけなの
ね。『ちょっとしたお手伝い』でしかないのね。文章のワープロ打ちと同じ扱い
だったのね。」
でも、こういう声は、多数の建築士や国土交通省の広報の陰に隠れて、表に出ることはありませんでした。
この国は、『意匠の国』。
(「意匠の、国。」おわり。)
関連記事:
「構造の、国。」
「設備の、国。」
2007年01月09日
この記事へのトラックバック
>構造「この部分には柱を設けたいのですが。」
>
>意匠「ここは空間の広がりが欲しいところだか
>ら、絶対ダメ。構造で何とかして。」
ハハハ、マサにこの会話、多いですね。
その続きは・・・。
「何とかしたらこんな梁サイズになっちゃいました」
「え〜!それじゃあ圧迫感あるし、高さ変えられないし・・・、何とかならないの?」
「だから柱なしだとこうなるんですが・・・」
と、そこに別の業者さんが
「あ、うちなら梁サイズもっと小さく出来ますよ!」
「じゃあお願いします」
↑でも、その業者さんは基本の考え方が間違っていました。
が、意匠設計者はサイズが小さくなった方がいいので、別の業者さんを採用しました。
なんで??????
どこもかしこもそんな感じですね(悲)
新年も、10日過ぎとなりました。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
ま、意匠屋さんに限りません。
「無知」は、理不尽です。不可解です。
そして、危険です。怖いです。
なるべく、『無知』な部分を少なくしていければ、と思います。
そういう意味では、試験勉強はものすごく役に立っていると思います。