2006年12月20日

設備の、国。

(これは、フィクションです。実在の人物、団体等とは一切関係がありません。)

とある国の、おはなし。

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この国は、技術立国により、名を馳せていました。
古来より世界各地に新技術を伝え、人類の科学技術の発展に貢献してきました。
特に、人間の生活に直結した「設備」という領域において、著しい発達を遂げてきたのです。
(「設備」とは、給排水、冷暖房、電力、照明、通信など、文明社会の実現の ためにあらゆる科学技術領域を結集した、広範な領域を指します。)
すべて、設備を有するモノを、「設備物(せつびぶつ)」とか「設備体」とか呼んでいました。

建物も、地下鉄も、橋も、公園も、空港も、宇宙ステーションも、すべて「設備体」なのでした。


この国における設備体の価値基準は、

「設備の統一と調和、そして機能美」

が第一でした。

それ以外の要素は、一段下に見られ、鼻であしらわれるのでした。


設備に携わる設備家たちは、競って精巧で機能的な設備体を設計するのでした。

いかに、目的の温熱光環境を合理的システムで省エネルギー性をもたせて構築するか、
各々の設備システムを、全体としてどのように調和させるか、
設備をどのように魅せて機能美をアピールするか、

それが、設備家の腕の見せ所であり、業界の評価なのでした。

空間デザイン、構造耐力などというものは、ほとんど評価されないのでした。

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この国でつくられる、あらゆる設備体の設計、製造に携わるには、「設備士」の免許が必要でした。

規模と用途に応じて、一級設備士、二級設備士の区分があります。

一級設備士であれば、どのような規模のどのような設備体でも設計することができました。

二級設備士は、一度に不特定多数が利用することのない、住宅や小規模設備体などで、年間基準エネルギー量が規定値以下の設備体について設計をすることができました。


簡易な設備体に特化した、簡易設備士という資格もありました。


ただ、一級設備造士があればすべての設備体の設計ができますから、皆、一級設備士を目指すのです。

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一級設備士は、大学の設備学科を卒業していれば、設備に関する実務経験年数2年で受験が可能でした。3年制短大の設備学科卒なら3年、2年制短大及び高等専門学校の設備学科卒業なら4年の実務経験で、受験資格ができます。

設備学科以外の卒業者は、まず二級設備士から受験することになります。高校の設備学科卒なら、3年以上の実務経験で、二級を受験できます。それ以外の学歴の人は、7年の実務経験を経て、二級設備士の受験資格ができます。

二級設備士になってから、更に実務経験を4年間積むことによって、一級設備士の受験資格ができるのでした。

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ある設備士が設備体の設計をする場合、まず基本設備プランを作成します。

給水は受水槽方式か、高架水槽方式とするのか。
市水を利用できるのか、逆浸透膜により生成するのか。
冷暖房は空気方式か、水方式か、冷媒方式とするのか。
燃料電池によるコ・ジェネレーション方式を採用するのか。
受電は低圧で済ませるのか、高圧とするのか。はたまた特高か。
逆潮流は可か否か。
・・・非常に多岐にわたる基本プランが練られるのでした。

この基本設備プランをもとに、
意匠設計者が空間計画や内外装などの意匠設計をしていきます。
構造設計者が構造部の耐力などの構造設計をしていきます。

設備実施設計図で出てくる設備図を基本に、それを最大限尊重した意匠設計、構造設計が行われるのが通例でした。

設備家が指定した機械室、電気室、シャフト類は、かなり絶対的な決定事項であって、基本プランが決まった後に意匠設計者や構造設計者が変更を要望しても、なかなか受け入れてもらえないのでした。


意匠「動線計画上、ここのPSは位置がよろしくありません。1スパンずらしてもよろしいでしょうか。」

設備「システム上、ここの位置は動かせないよ。動線計画は、意匠で何とかして。」


構造「地中梁のこの部分にこれだけの開口があると、構造上ムリが来ます。配管ルートを少し分散できないでしょうか。」

設備「せっかく美しいシステムになっているのに。メンテナンス上も、まとまっていたほうがいいに決まってるでしょ。構造で何とかして。」


と言われてしまうのでした。


プロジェクトの総括は、設備家が行います。

役所に提出する「設備確認申請書」には、一級設備士の氏名が記載され印が押されなければならないのでした。

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あるとき、事件が起きました。

設備体の構造計算書が偽装されていることが発覚したのです。
構造設計者が、構造計算プログラムの出力結果を適当に差し替えて、あたかも満足な構造耐力があるかのように見せかけていました。

現場でも、変だな、ずいぶん鉄筋が少ないな、柱が細いな、と思ってはいたものの、設備確認を通った設計図なのだから、と、そのまま作ってしまっていました。

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地震の無い国ではありますが、経年劣化に伴って自重で崩壊するようでも困ります。

あちこちの設備体について調べてみたところ、同様の偽装が何件も見つかりました。

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これらの事件が契機となり、設備生産システムの問題がクローズアップされてきました。

プロジェクトを統括する設備士が、構造計算書の偽装を見抜けなかったことが問題視されました。

設備確認検査機関が、これらの偽装に気付かずに設備確認をおろしてしまったことも問題視されました。

問題となった設備体の設計者である一級設備士は、免許を剥奪されました。

偽装を見逃してしまった設備確認検査機関は、指定取消となりました。

実際に構造設計を行った技術者たちは、詐欺罪などで逮捕されました。

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国民的な関心を呼び、早急な対策を求められた国土設備省では、設備基準法及び設備士法の抜本的改正をすることにしました。

設備体には、設備のほかに、構造、意匠の各領域があることが明らかになりましたので、各分野の専門性に対応した資格を創設しようということにしたのです。

新制度案の概要は、次のようなものです。

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一級設備士の中から、それぞれの専門分野に応じた資格を創設する。

すなわち、

構造設計一級設備士
意匠設計一級設備士

これらは、現在の一級設備士の中から、一級設備士として各領域の実務経験5年以上を経た者に、講習と修了考査を課し、考査合格者に資格を与えるものである。

設備確認申請書には、これら各領域の者の氏名と捺印を要する。

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この案について、少数ながら、反対意見もありました。

でも、国土設備省の担当局長や、国土設備大臣が的確に回答しましたし、多くの設備士はこれに賛成しましたから、国民議会の議論でも、
「専門性に応じた資格の創設は、たいへんよろしい。」
ということで、下院・貴族院とも、全会一致で可決・成立しました。

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ちなみに、国民議会での質疑や答弁は、こんな感じです。


議員「各領域の専門資格者を、一級設備士前提としたのはなぜなのですか。」

局長「各領域とも、最低限の設備の知識が必要ですから、一級設備士免許を
   持っておられることが前提でよろしいかと思っております。」


議員「意匠設計に携わっている人は、設備学科ではなくて建築学科や美術
   学科の卒業者がほとんどなのですが、そういう人たちは設備士の
   受験資格が無いのではありませんか。」

局長「やはり、設備体である以上、設備に関する最低限の知識が必要だと考えて
   おります。なお、設備士の受験資格については、適切に見直しをしていき
   たいと考えております。」


議員「建築家会の千田参考人は、どうお考えですか。」

参考人「われわれ意匠設計者は、設備については知識が十分ではありませんから、
    設備体の設計に関して新資格が一級設備士前提なのは当然と考えます。」


議員「現在、意匠設計に携わる建築士の方で、一級設備士免許も持っておら
   れるのは1%程とお聞きしております。意匠設計一級設備士の絶対数
   が不足することはありませんか。」

局長「施行までに2年ほどありますので、その間に必要数の確保について、
   最大限努力してまいりたいと思います。」

議員「一般の建築家には一級設備士の受験資格が無い中で、確保が可能
   なのでしょうか。」

局長「関係学協会のご協力も得て、適切に対処していく所存でございます。」


議員「今回の設備士法改正案につきまして、大臣の総括を。」

議長「冬芝国土設備大臣〜。」

大臣「設備体は、著しい進歩によって、たいへん複雑化しておりまして、
   今般の設備士法改正案はそれに的確に対応するたいへんすぐれた
   案ではないかと思っております。これを機に、設備関係の偽装は一掃され、
   わが国の設備行政が的確に推進されるのではないかと考えております。」

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国民議会では、大して問題にはされませんでしたが、一部の意匠設計者の間では、不満の声も聞かれました。

「オレは設備学科卒ではないから、7年の実務経験で二級設備士を受けて、受かってから4年間の実務経験を経て一級設備士を受けて、受かってから更に5年間の実務経験を経なければ、意匠設計一級設備士になれない。7年実務はいいとしても、二級を受けるところから始めて、あと10年はかかってしまう。なんてこった。」

「なぜ、意匠設計をやるのに一級設備士が前提なんだ? 彼らと我々とは違う分野の仕事じゃないか。意匠は、確かに設備体の一部ではあるけれども、設備設計者と意匠設計者とは協力してひとつのものを造りあげるパートナーなのではないのか?」

「一級設備士の試験に合格しないと、意匠設計が出来ないとはどういうことなのか。試験に出るのは、設備計算書作成や設備図作成。意匠設計の能力とは全く関係ないぞ。」

「今年の一級設備士試験なんて、課題が
 『各種学校とフードコートからなる複合施設』で、
 ・論文 : 空調、衛生、配電、通信システムの選定とその根拠について(4,800字)
 ・計算 : 冷房負荷計算、電圧降下計算、照度計算
 ・製図 : 単線結線図、空調配管系統図、便所衛生配管平面詳細図の作成
 だったよなぁ。
 こんなのに合格しないと、合法的に意匠設計ができないと言うのか。」

でも、こういう声は、多数の設備士や国土設備省の広報の陰に隠れて、表に出ることはありませんでした。


この国は、『設備の国』。


(「設備の、国。」おわり。)


(これは、フィクションです。実在の人物、団体等とは一切関係がありません。)
posted by けろ at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築士制度 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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