2006年12月18日

差別の、言葉。

大学のときに、文学部の先生の講義を聴いた。


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世の中には、「自分は差別していない」と信じつつ差別している人がいる。

「僕は、君が△□だからといって、差別しないよ。」

このような言い方は、△□である相手の人にとっては、差別以外の何モノでもないのだ。
差別され続けてきた人間は、この言葉をまさに「差別の言葉」として受け取る。


こうおっしゃっていた。


この「僕」は、「君」が「△□」であることをハッキリと意識しているのだ、という証拠。

たとえば、このように言うだろうか。

「僕は、君が裕福だからといって、差別しないよ。」
「僕は、君がアメリカ人だからといって、差別しないよ。」
「僕は、君が大学教授だからといって、差別しないよ。」

など、例を出して下さった。


なるほど、このような例は、不自然に感じる。
つまり、裕福、アメリカ人、大学教授というものは、たいていは差別の対象外であるから。
「差別しない」ということは、そもそもこのような不自然な言い方はしないということだ。

不自然な言い方をすること自体、自分が相手の事を心のどこかで区別していることを意味する。

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言葉って、人の心って、難しいなぁと思ったのでした。

(「差別の、言葉。」おわり。)
posted by けろ at 12:55| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
アメリカに住んでいる友人が言ってました
アイデンティティと差別を認識すべしと・・
つまり自分の物差しを相手に押し付けることがまず差別の第一段階だというらしいです。
例えば 会社で働くのにはネクタイとスーツが当たり前≠セろう と この当たり前≠ニいう認識がもう既に相手への自己価値の押付けであり差別の始まり(まだ差別段階ではないかもしれませんが)と言います。他民族国家ならではの意識の持ち方を思い知らされました。
さらに 彼は言いました
差別されるうちはまだいい よ
無視されるよりは ね・・・・と
イ○デ○○ン居留区というのは聞いたことがありますでしょうか?
まさに差別さえもされないで無視されて押し込まれている人種が世界的に先進国といわれてる国家にも存在するという事実です。

身近なところですと 思い当たるのが千歳に住んでいた頃のア○ヌの方への差別でした 相当なものだと痛感してました。

個性を認めてはいけないなにかを感じることが仕事を通じて多々ありますね、人と同じ事が良しとする社会 ここにも差別が生まれてますね 既に・・・

文化人類学を学んだときに最初の授業で・・・
コロンブスがアメリカ大陸を発見した年は〜
これがすでに差別してますと、
なぜなら 先住民族からの視点でないからです。
この場合先住民族の土地がヨーロッパ人に侵略された始まりの年という方が正確なような気もします。
歴史は常に勝者によって書き換えられるとも言いますが これも 結局差別の歴史なんだろうなぁという気もします。
同じ例ですが
沖縄の歴史年表では廃藩置県とは書いてありません
琉球処分≠ニ書かれてます。
 
なんだか思いつくまま書いてしまいました
すみません
ではでは・・・・・
Posted by おちゃ at 2006年12月19日 00:03
インディアン(名称自体が差別由来ですが)、イヌイット、琉球、アボリジニ、・・・・。たくさんの例があり、人間の居るところ、差別はつきものでもあります。

なぜ、大昔の講義のことを思い出したかといいますと、きっかけは昨今の建築士制度改正議論。

> 差別されるうちはまだいい よ
> 無視されるよりは ね・・・・と

そう。無視されてるんです。設備屋は。

それにハタと気付いたときに、小笠原先生のお話を思い出したのでした。
Posted by けろ at 2006年12月20日 18:16
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