とある国の、おはなし。
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この国は、地震国。
古来より、幾多の地震災害を経験してきました。
そのため、この国では、「構造」というものが大変重要なのでした。
すべてのモノの価値基準は、
「構法の合理性と機能美」
が第一でした。
それ以外の要素は、一段下に見られ、鼻であしらわれるのでした。
構造に携わる構造家たちは、競って美しい構造を設計するのでした。
いかに、目的の強度を合理的構法で構築するか、
構造体をどのように魅せて機能美をアピールするか、
それが、構造家の腕の見せ所であり、業界の評価なのでした。
空間デザイン、空気環境・光環境のデザインというものは、ほとんど評価されないのでした。
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この国でつくられる、あらゆるモノの設計、製造に携わるには、「構造士」の免許が必要でした。
規模と用途に応じて、一級構造士、二級構造士の区分があります。
一級構造士であれば、橋でもトンネルでも建物でも、何でも設計することができました。
二級構造士は、一度に不特定多数が利用することのない、住宅や公園遊具、小規模な橋などの設計をすることができました。
木構造に特化した、木造構造士という資格もありました。
ただ、一級構造士があればすべてのモノの設計ができますから、皆、一級構造士を目指すのです。
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一級構造士は、大学の構造学科を卒業していれば、構造に関する実務経験年数2年で受験が可能でした。3年制短大の構造学科卒なら3年、2年制短大及び高等専門学校の構造学科卒業なら4年の実務経験で、受験資格ができます。
構造学科以外の卒業者は、まず二級構造士から受験することになります。高校の構造学科卒なら、3年以上の実務経験で、二級を受験できます。それ以外の学歴の人は、7年の実務経験を経て、二級構造士の受験資格ができます。
二級構造士になってから、更に実務経験を4年間積むことによって、一級構造士の受験資格ができるのでした。
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ある構造士が設計をする場合、まず基本構造プランを作成します。
基本構造は、ラーメンなのか、壁式なのか、トラスなのか。
ダムであれば、重力式コンクリート、アーチ、ロックフィルなど。
建物の場合には、この基本構造プランをもとに、
意匠設計者が空間計画や内外装などの意匠設計をしていきます。
設備設計者が冷暖房・給排水などの設備設計をしていきます。
電気設計者が照明・電力・通信などの電気設計をしていきます。
構造実施設計図で出てくる構造図を基本に、それを最大限尊重した意匠設計、設備設計、電気設計が行われるのが通例でした。
プロジェクトの総括は、構造家が行います。
役所に提出する「構造確認申請書」には、一級構造士の氏名が記載され印が押されなければならないのでした。
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あるとき、事件が起きました。
建物に設置されていたボイラーの缶体が爆発したのです。
死傷者が多数発生しました。
原因調査の結果、ボイラーの圧力逃し機構が、構造基準法の規定に適合していなかったことが判明しました。
設備設計者が、適切な機構となっているかのように偽装していたのでした。現場でも変だなとは思っていたものの、構造確認を通った設計図なのだから、と、そのまま作ってしまっていました。
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また、事件が起きました。
橋に落雷し、側撃雷によって通行人が死傷したのです。
原因調査の結果、避雷導体が構造基準法の規定に適合していなかったことが判明しました。
電気設計者が、導体材質、導体断面積、接地方法を適切に選定しているかのように偽装していたのでした。現場では、構造確認を通った設計図なのだからと、そのまま作ってしまっていました。
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これらの事件が契機となり、構造生産システムの問題がクローズアップされてきました。
プロジェクトを統括する構造士が、圧力逃し機構の偽装や避雷導体の偽装を見抜けなかったことが問題視されました。
構造確認検査機関が、これらの偽装に気付かずに構造確認をおろしてしまったことも問題視されました。
問題となった建物や橋の法律上の設計者である一級構造士は、免許を剥奪されました。
偽装を見逃してしまった構造確認検査機関は、指定取消となりました。
実際に設備設計や電気設計を行った技術者たちは、詐欺罪などで逮捕されました。
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国民的な関心を呼び、早急な対策を求められた構造省では、構造基準法及び構造士法の抜本的改正をすることにしました。
構造体には、構造、設備、電気、意匠の各領域があることが明らかになりましたので、各分野の専門性に対応した資格を創設しようということにしたのです。
新制度案の概要は、次のようなものです。
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一級構造士の中から、それぞれの専門分野に応じた資格を創設する。
すなわち、
設備設計一級構造士
電気設計一級構造士
意匠設計一級構造士
これらは、現在の一級構造士の中から、一級構造士として各領域の実務経験5年以上を経た者に、講習と修了考査を課し、考査合格者に資格を与えるものである。
構造確認申請書には、これら各領域の者の氏名と捺印を要する。
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この案について、少数ながら、反対意見もありました。
でも、構造省の担当局長や、構造大臣が的確に回答しましたし、多くの構造士はこれに賛成しましたから、国家評議会の議論でも、
「専門性に応じた資格の創設は、たいへんよろしい。」
ということで、上院・下院とも、全会一致で可決・成立しました。
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ちなみに、国家評議会での質疑や答弁は、こんな感じです。
議員「各領域の専門資格者を、一級構造士前提としたのはなぜなのですか。」
局長「各領域とも、最低限の構造の知識が必要ですから、一級構造士免許を
持っておられることが前提でよろしいかと思っております。」
議員「意匠設計に携わっている人は、構造学科ではなくて建築学科や美術
学科の卒業者がほとんどなのですが、そういう人たちは構造士の
受験資格が無いのではありませんか。」
局長「やはり、構造物である以上、構造に関する最低限の知識が必要だと考えて
おります。なお、構造士の受験資格については、適切に見直しをしていき
たいと考えております。」
議員「建築士協会の二栖参考人は、どうお考えですか。」
参考人「われわれ意匠設計者は、構造については知識が十分ではありませんから、
構造体の設計に関して新資格が一級構造士前提なのは当然と考えます。」
議員「現在、意匠設計に携わる建築士の方で、一級構造士免許も持っておら
れるのは1%程とお聞きしております。意匠設計一級構造士の絶対数
が不足することはありませんか。」
局長「施行までに2年ほどありますので、その間に必要数の確保について、
最大限努力してまいりたいと思います。」
議員「一般の建築士には一級構造士の受験資格が無い中で、確保が可能
なのでしょうか。」
局長「関係学協会のご協力も得て、適切に対処していく所存でございます。」
議員「今回の構造士法改正案につきまして、大臣の総括を。」
議長「秋柴構造大臣〜。」
大臣「構造体は、著しい進歩によって、たいへん複雑化しておりまして、
今般の構造士法改正案はそれに的確に対応するたいへんすぐれた
案ではないかと思っております。これを機に、構造関係の偽装は一掃され、
わが国の構造行政が的確に推進されるのではないかと考えております。」
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国家評議会では、大して問題にはされませんでしたが、一部の意匠設計者の間では、不満の声も聞かれました。
「そもそも、設備屋、電気屋に不届き者がいたことが原因だったのに、何で意匠設計に影響が出るハメになったんだ?」
「オレは構造学科卒ではないから、7年の実務経験で二級構造士を受けて、受かってから4年間の実務経験を経てやっと一級構造士の受験資格ができる。それに受かってから更に5年間の実務経験を経なければ、意匠設計一級構造士講習を受けられない。7年実務は今までの経験を入れてもらえるとしても、二級を受けるところから始めて、あと10年はかかってしまう。なんてこった。」
「なぜ、意匠設計をやるのに一級構造士が前提なんだ? 彼らと我々とは違う分野の仕事じゃないか。建築物は、確かに構造体の一部ではあるけれども、構造技術者と意匠設計者とは協力してひとつのものを造りあげるパートナーなのではないのか?」
「一級構造士の試験に合格しないと、意匠設計が出来ないとはどういうことなのか。試験に出るのは、構造計算書作成や構造図作成。意匠設計の能力とは全く関係ないぞ。」
「去年の一級構造士試験なんて、
・論文課題 『既設構造物の耐荷力調査方法とその留意点』(2,400字)
・計算課題 『シールドトンネル覆工設計における施工荷重計算』
・製図課題 『都市公園に架かる大型車両が通行する斜張橋』
だったよなぁ。
こんなのに合格しないと、合法的に意匠設計ができないと言うのか。」
でも、こういう声は、多数の構造士や構造省の広報の陰に隠れて、表に出ることはありませんでした。
この国は、『構造の国』。
(「構造の、国。」おわり。)
(これは、フィクションです。実在の人物、団体等とは一切関係がありません。)