(「餡(あん)職人の憂鬱(1)」からの続き)
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「パン士」は、一定の社会的地位を得ました。
そして、多くの者がパン士資格を持つようになりました。
あまりにもパン士が増えすぎて、パン士余りの時代となってきました。
かつては、パン士であれば、なんとか生活が成り立ったものです。
しかし、パン士が多くなりすぎたこともあって、パン士資格を取得しただけでは、生活の保障が得られなくなってしまいました。
「パン士資格は、足の裏についた飯粒のようなもの。
取らないと気になるが、取っても食えない。」
とまで言われるようになってしまいました。
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ある日、不届きな生地職人が見つかりました。
王様が定めた法律に基づいた小麦を使用せず、品質の劣る安い小麦をまぜて、生地を作って、パン士に納めていたのです。
受け取ったパン士は、それに気付かずにパンを焼きました。
それを検査する「パン検査所」の職員も、気付かないで見過ごしていました。
そしてそのまま、一般消費者の食卓に上ってしまったのです。
たくさんあるパン検査所のうち、とある検査所に、あるパン士からの指摘が寄せられました。それを知った検査所は、これはやばい、と思い、お役人に報告しました。
詳しい調査の結果、生地職人の不正が確かめられました。
生地職人は、パン士の資格を持っていましたが、この資格は剥奪されました。
うその生地を納めて損害を与えたかどで、詐欺罪で逮捕されました。
生地の不正に気付かなかったパン士も、処分されました。
検査が甘かったために、多数の不正生地を見過ごしていた、告発者でもある検査所は、所長が会計をごまかしていたことが発覚して、お取り潰しとなりました。
他の検査所でも、不正生地が見過ごされていました。
一定期間の業務停止処分になった所もありましたが、注意を受けただけ、という検査所もありました。
パン士の焼いたパンを仕入れて売っていたパン屋も、安くたくさんさばくために不正を知りつつ売っていたのではないかと、疑われました。
不正生地のパンを買った市民たちは、「パン代を返せ!」と詰め寄り、王様にまで抗議するようになりました。
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そこで、この事態を重く見た王様は、国中の知者たちを集めて、パン士制度改革のための議論をさせました。
お役人にも、いろいろ考えさせました。
まず、こういう案が出てきました。
「パン士に、生地を見抜く能力が無かったのが問題だ。もっと厳しい試験を課して、新パン士を認定してはどうか。」
ただでさえ広範囲に大量の知識を必要とするパン士試験ですから、やっとの思いで取得したパン士たちは猛反発しました。
その試験に合格しないと、職を失ってしまうのですから、死活問題なのです。
だいいち、試験を受けたのはもう何年も前のこと。学科試験に出るようなことはすっかり忘れてしまいましたし、材料も法律も時代とともに変わっているので、覚えていた内容もそのまま使えるとは限りませんでした。
「生地や中身に関する、新しい資格を作ってはどうか。」
という案も出ました。
生地職人の中から、「パン生地士」を、中身職人の中から「パン中身士」を新たに作って、それぞれの分野の責任をもたせたらどうか、ということです。
一理ある、という賛成意見もありましたが、一方で反対意見も出ました。
パン士は、
「生地がどうあれ、中身がどうあれ、パンはパン士がすべてを統括しなければならない。既存のパン士が自ら研鑽に励み、能力を向上するようにすれば十分である。」
と言いました。
いろいろな中身に関する職人たちは、自分たちの地位向上につながることを喜びましたが、一方で、
「民間資格のあん士もクリーム士もジャム士も野菜士も、ぜんぶひっくるめてパン中身士としてしまうのは乱暴だ。あん職人とクリーム職人、野菜職人は、それぞれ別の職種なのだ。」
という反論もありました。
ただ、パンの中身に関してはいろいろな職能団体が乱立しているため、意思の統一も出来ず、社会的な発言力も弱かったので、知者たちの耳にはこのような意見は届くことがありません。
そして知者たちは、他の人に聞いた話から、「パン作りは、総括のほかに、生地、中身の専門分野があって、それぞれを専門とするパン士が担当しているのだ」と信じて疑いませんでした。
「消費者が選べるように、パン士の他に、パン製作に携わった生地職人やいろいろな中身の職人の名前を表示するようにしてはどうか。」
とか、
「パン士は、国家資格を持つ職人にしか依頼してはいけないようにしよう。」
とか、いろんな意見が出ましたが、結局は、歴史も長く、人数も多く、王様やお役人にも近い関係者が多い、パン士の発言が一番影響力を持ちました。
その結果、以下の結論が出ました。
「パン士の中から、さらに研修と経験を積んだ者に、特定生地パン士、または特定中身パン士の資格を与える。生地・中身は、この資格者だけに作らせなければならない。」
(「餡(あん)職人の憂鬱(3)」につづく)
(この物語はフィクションです。現実の個人、団体等とは一切関係がありません。)