ある国に、パン職人がいました。
パン職人は、国民のために、安全でおいしく、見た目にも良いパンをたくさん焼いて、提供していたのでした。
ある日、王様は考えました。
「パン職人に、お墨付きを与えよう。それによって、国民の健康と主食の安全が更に守られるであろう。他国に誇ることの出来るすばらしいパンが次々に生み出されるであろう。」
そこで、国家資格「パン士」が創設されました。
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パン士になるためには、難関の試験を突破しなければなりません。
大量の知識を問われる学科試験のほかに、パン焼きの実技試験もあるのです。
しかし、国民の主食に関わるやりがいのある仕事。
パン士を目指す若者は目白押しなのでした。
いつもいつも同じでは飽きられてしまう、と、いろんなパンが作られていきました。
生地(きじ)も、いろいろなものができてきました。
デニッシュ、胚芽小麦入り、米粉入り、ケーキ風・・・。
中身も、いろいろと工夫されてきました。
餡(あん)、クリーム、ジャム、チョコレート、サラダ、ソーセージ・・・。
パン士は、いろいろな生地、いろいろな中身を選択して、魅力的な新しいパンを次々と創作していくのでした。
始めのうちは、生地も、中身も、パン士が作っていました。
でも、生地も多様化し、中身の種類がどんどん増えるに従って、パン士が一人でそれらを作るのは困難になってきました。
それで、パン士は応援を頼むようになりました。
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もともとパン職人だった人の中から、生地を専門にやる人が出てきました。
この人たちが、生地職人として活躍を始めたのです。
生地職人は弟子をとり、新しい職人を育てていきました。
新しい生地職人も、ある程度経験を積むと、パン士資格を取得するのでした。
中身のほうはといいますと・・・。
和菓子職人の中から、パンに合う餡(あん)を作る人たちが出てきました。
洋菓子職人の中から、パンに合うクリームやジャム、チョコレートを作る人たちが出てきました。
野菜職人の中から、パンにはさむのに丁度良いサラダを作る人たちが出てきました。
惣菜職人がコロッケを、焼物職人は照り焼きを、麺職人が焼きそばを・・・、といろんな分野からいろんな中身が集まってきました。
中身が発達するにつれ、和菓子職人の中には、パンの餡(あん)専門になる人も出てきました。
同じように、いろんな職種の人たちの中から、特にパンの中身を専門とする人たちが出てきました。
今や、パン焼きは、パン士を頂点に、生地や、さまざまな中身にかかわる多くの職人が協力して行う一大産業になったのです。
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重要性が増すにつれ、生地職人や、さまざまな中身に関わる人たちも、職人としての技術向上をはかるようになってきました。それぞれの職能団体ごとに、独自の民間資格を認定するようになっていったのです。
生地職人の、生地士(パン士資格取得後、さらに実務経験を経て受験できる)。
餡(あん)職人の、あん士。
クリーム職人の、パン用クリーム士。
そのほか、ジャム士(いちご専攻、マーマレード専攻、りんご専攻など)、
パン用チョコレート士、野菜加工士、サラダコーディネーター、
パンコロッケ士(1級、2級)、照焼士、たれ士、焼きそば士、ソースソムリエ、トッピングマスター・・・などなど。
ものすごい数の民間資格がつくられたのでした。
しかし、パン作りに関しては、「パン士」に勝る者はありません。
それで、できればパン士になろうと、努力をするのです。
でも、たとえば餡(あん)職人にとって、それはなかなか難しいことでした。
小豆の産地や種類については良くわかっているし、小豆の加工の仕方、下処理、煮込み方、塩加減、砂糖加減についても、技術を持っています。白あんや、かぼちゃあんも作れます。
でも、あいにく小麦については普段接することが少ないので、「パン士」試験に出る小麦や法律、生地、パン焼きのことについては、ほとんどゼロから勉強しなければならないのです。
もちろん、餡(あん)についての問題も出るのですが、せいぜい1問か2問。それも、重箱の隅をつつくような問題で、実務とは縁の薄いものばかりです。
また、餡(あん)は毎日作っているけれども、パンは焼いたことがありません。実技試験を突破するのも大変なことです。
それでも頑張ってパン士試験を受け続ける人もいますが、合格者はごくわずかでした。
それで、食品全般に関する資格である「食品士」の中の「あん部門」や「クリーム部門」「淡色野菜部門」などを取得したりしていました。こちらは、普段の専門事項ですから、がんばれば取得できそうなめどが立つのです。
こうして、パン作りは、専門分化していきました。
ただ、国民はそのことをあまり知りませんでした。
「パンはパン士だけで作っている」
と信じていたのです。
(「餡(あん)職人の憂鬱(2)」につづく)