2009年05月05日

環境対策には金がかかる?

「環境対策には金がかかる」とは、良く言われることです。


どこを見ても、環境、環境。エコ、エコ。
そのためのコスト分担について、とやかく言われています。


温暖化対策費としていくら、リサイクル推進費としていくら、
環境税やら循環税やら、税金として徴収されるものまで。


でも最近、それらのことに、強い疑問を抱くようになってきました。

諸国のエコ政策を称賛した書籍、環境活動推進派各位の書かれたもの、所謂『懐疑論者』の著作、
IPCCの報告書の邦訳
http://www.env.go.jp/earth/ipcc/4th/syr_spm.pdf
などなど、それなりに他方面から情報は集めているつもりです。
それらを勘案すると、どうも昨今の「環境対策」は怪しく感じられてならないのです。


「おまえは、地球がどうなってもいいのか?」
「おまえは、子々孫々のことを考えないのか?」

そういう批判をされる方もいらっしゃることでしょう。

でも、そういうことじゃないんです。
「エコ」や「温暖化対策」を名乗りながら、その実は逆をやっちゃって
いるんじゃないかな、という疑問なのです。

だとすると、そういう「間違った環境対策」は、やめなくちゃいけません。

まして、「環境対策」のフリをした、単なる金もうけ(詐欺)に
引っかからないようにしなくてはなりません。

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たとえば、エコカーの推進。

まだまだ費用が高くつくから、補助金をじゃんじゃん出して、
エコ替えを進め、国内の二酸化炭素削減を果たそう。

そういう議論があります。

確かに、『エコカー』は燃費は良いらしいけれど、燃料を使うことに変わりはない。
それに良く見てみると、車体が軽い軽自動車の方が燃費が良かったり。
大型の高額車両にたくさんの補助金が出るのも解せません。

結局は、自動車会社の救済策じゃないんでしょうか。

片方では高速道路1,000円政策を進めている。
どんどん車が繰り出して、走り回る。
燃料使いまくり、二酸化炭素出しまくり。

変ですよね。

二酸化炭素排出は減らず、自動車会社は利益を得、
ETC発行の天下り法人も空前の儲け。

地球のため? ある特定の人たちのため?

エコ? エゴ?

エコカーなんて、買わない方が二酸化炭素削減になるのでは。
高速道路なんて、通行料が超高額な方が二酸化炭素削減になるのでは。

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たとえば、高効率空調システムの採用。

どこどこの大規模ショッピングセンターでは、高効率の空調システムを採用して、省エネルギー率何%で云々。

大規模な商業施設を造って、大々的に宣伝して、買い物客が自動車に乗って大挙して押し寄せてきて……。
天井高10m以上もあるような大空間に煌々と電気を灯して。


そもそも、空調なんて、やらない方がエコなのでは。
大規模な空調を要する建物なんて、建てない方がエコなのでは。

結局、二酸化炭素なんかどうでも良い。
イメージアップで売上が増えればそれで良し。
『エコ対策』は、売上増のための先行投資。

そのように見えませんか?

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たとえば、太陽光発電の推進。

高価ゆえに普及が進んでいない太陽光発電を応援するために、
補助金をどんどんつぎ込んでエコに貢献しよう。

……現在のような、低効率の発電システムに補助金を突っ込んで、普及させても仕方ないのでは?

むしろ、もっと良い装置の開発のための研究に補助すべきでは。

生産するのに矢鱈エネルギーを要して、大して効率も良くなく、長持ちもしない。
電気代の節約分で設置費を碌に回収すら出来ない。
そんな低レベル装置を普及させて、何になる?


燃費の良い自動車の開発のために補助金を出すのではなく、
燃費の悪い自動車の普及のために補助金を出すようなもの。

何か、変。

結局、誰かが儲けて喜ぶだけで、ちっともエコには貢献できない。

そういうお金に思えてなりません。

どう思います?
http://www.rera-vie.jp/project_04.html

(基礎研究のための実験、という位置づけであれば、可と言えるかも
 知れません。かなりお金がかかっていますけど)

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環境負荷を少なくするには、お金はかかりません。
ワタクシはそう思います。

・化石燃料や電気エネルギーを使わない。
・廃棄物を出さない。
 (リサイクルする、とは違います。
  「捨てない」とはつまり「買わない」です)

お金のかわりに、時間と労力がかかります。


楽して活動しようとするから、かわりに金がかかるのです。

「いや、何かするにも人件費がかかる」

いいえ。

「人件費」がかかるのは自分でやらないで人にやらせようとするからです。
自分でコツコツと時間さえかければ、お金など要らないのです。


ただし。

以上のように本気で「環境に配慮」するなら、
経済活動や文明社会は成り立ちません。

快適性が失われます。
豊かさが犠牲になります。

「江戸時代は低炭素社会で資源循環も確立していた」
そういう論法もあります。
そりゃそうです。昔ですもん。
じゃ、江戸時代の生活に戻れますか。


……そんなことは、実は望んでいない。

本音は、しっかり稼ぎたい。便利に過ごしたい。

「環境配慮」など、単なる「隠れ蓑」「ポーズ」でしかないと思います。

国は、他国や国民に対する言い訳とアピールのため、
 国際交渉で主導権を握るために。
役人は、自分たちの権益確保、省庁間交渉で主導権を握るために。
 (環境省は、自分たちの仕事の領域を拡大し、予算を増やすために)。
企業は、国や顧客に対して言い訳し、良いイメージを植え付け、
 利益を増大させるために。
個人は、他者を見下し自己を優位な位置に置き、
 自己満足を得るために。
そして文明社会にどっぷり浸かって時折感じる後ろめたさを
 誤魔化すために
「環境に配慮しています」と言っているように思われてならないのでした。


本当に本気で「地球のために」「環境のために」と考えておられる
純粋な方々も少なからずいらっしゃることでしょう。

そういう方たちは、
「何をすれば、"本当に" 地球のためになるのか、環境のためになるのか」
詐欺の片棒を知らずに担がされるようなことのないために、
良く調べ、良く見て、良く考えてから行動に移されると良いと思います。

せっかく「環境のために」やったことが、むしろ環境破壊に寄与していたり、
単に誰かの儲けになっているだけだとしたら、悔しいでしょうから。


『快適で、エコ』

理想は素晴らしいですが、エネルギー保存の法則、エントロピー増大の法則という
努力や技術開発や精神論では如何ともしがたい『自然の物理法則』を無視するわけには
いかないのですよね。

(「環境対策には金がかかる?」おわり)



posted by けろ at 16:44| Comment(4) | TrackBack(0) | 設備一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
新エネルギーの実用化実験施設はある意味、地域活性化を兼ねている面もありますね。(理由はそれだけではないでしょうが、実質的に用地や、負荷密度が適切な事もあり、都市ではほとんど実験されていません)
太陽光発電については、太陽電池単体の限界効率は60%といわれていますが、そこまで到達するにはかなりの時間と費用がかかるでしょう。(複合化する事により最終効率を85%程度にできるとの研究成果もありますが、実用化はまだ無理ですね)
アメリカの場合は、送電網の老朽化もあるので、家庭レベルでの局所発電はメリットがありそうです。(アメリカの場合は、土地が広すぎるので、負荷が小さい地域まで送電網を整備するのは、維持コストを考えると、あまりにも効率が悪いのでしょう)
日本の場合は、送電網は問題無いので、電力のピークカットに役立てば良いというレベルでしょう。
自動車に関しては、自家用利用の燃料消費効率が、業務用に比べてかなり低いという事情があるので、理屈としてはある意味正当です。
業務用の燃料消費効率が高いのは、長距離輸送や、輸送効率が高いのが理由だと思います。
自家用利用は、運ぶ人員や荷物の量が少ないので、輸送効率が低いのはやむを得ません。(そういう意味では、短距離輸送や、積載荷重が低い場合の燃料消費率を下げる必要があります)
京都議定書により、国策としてCO2削減を行わなくてはいけないので、省エネルギーや未利用エネルギーの開発は、予算がつけやすいのは確かです。
企業がそれをビジネスモデルとして利用したいのはわかりますが、今まで切り捨ててきた、ガラス瓶の再利用など、復活できる事もあるような気がします。(人件費や、回収コストを考えると、企業レベルでは出来ない事かもしれないですね)
Posted by masa at 2009年05月06日 01:08
masaさん、いつもレスありがとうございます。

> ある意味、地域活性化を兼ねている面も

多分、地域活性化が主目的だと思います。
誘致合戦をするくらいですから……。

太陽光は、電力ピークカットには貢献できないと思います。確実性が無いので。
太陽光発電や風力発電は、それらによる発電量がゼロになることもあるため、必ずバックアップが必要になります。
うまく稼働している場合には、水力による発電量を減らせるくらいではないでしょうか。
ベースになる原子力や点火消火を頻繁に行いたくない火力は、不安定電源のバックアップには回しづらいことと思います。

> 人件費や、回収コストを考えると、
> 企業レベルでは出来ない事

が、ほんとうにエコになるかどうか、
吟味が必要だと思います。

金がかかる → エネルギーをたくさん使う

なので、採算が取れない事業は、エネルギー収支上もマイナスとなりかねません。

> 予算がつけやすい

結局は、これに尽きるのが現状でしょう。
『本当にエコであるかどうか』は、判断基準に無いような気がします。
Posted by けろ at 2009年05月06日 17:40
エネルギー投入に対する投資回収が、人件費投入に対する投資回収より有利だという状況が、ある意味問題なのかもしれません。(そういう意味では、相対的に人件費に比べてエネルギー費が日本の場合は安いという事なのかもしれません)
単純に考えれば、エネルギーコストを上げるのが、CO2削減には有利という事になります。(外国の場合は日本よりエネルギーコストが安いので、日本企業は国内生産では外国に対抗できなくなるので、海外に生産拠点をさらに移す事になるでしょう)
ただし、国内での生産活動も停滞する事になるので、国内は不況になってしまいますね。
逆に人件費を下げた場合は、可処分所得が減るので、国内消費が減るので、やはり不況になってしまいます。
したがって、企業としては、人件費・エネルギーコストが大きくても収支の合う、付加価値の高い製品に生産を移す事になるわけですが、海外企業の技術吸収力も高まっているので、なかなか難しい状況ですね。(環境対策ビジネスは、国の後押しがあるうちは、開発コストの補助が期待できるので、企業としては有利ですね)
ガラスびんの回収・再利用は、エネルギーレベルでは、5回以上の再利用で、紙容器より有利との試算もあるようです。(ヨーロッパのようにPETボトルの回収・再利用を行えばさらに有利)
ただし、人件費・びん洗浄・空瓶倉庫の確保が必要という事で、現在はビール瓶や飲食店向けの清涼飲料水以外は行われていません。(一升瓶はすでに、びん回収業者の採算に合わなくなっているそうです)
ビール瓶ですら、PETボトルにすると表明している会社もあるので、それらも風前の灯となりそうです。
これらは、エネルギー投入量の抑止が、企業にとって有利ではない現状を意味しています。(国としては、製品製造以外に製品の最終処分エネルギーまで含めた省エネルギー計画を企業に義務付けないと、エネルギー消費の抑制は難しいでしょう)
しかし、外国に比べて日本のエネルギーコストは、電気で約2.5倍、石油は、ヨーロッパ諸国に比べれば安いですが、その他の国に比べると高いですよね。 これで、国際的に対抗できるという事は、日本の工業生産の省エネルギーが進んでいるのか、日本製品が高くても売れるのか、どちらなのでしょうか?(製品歩留まりが良く、生産効率が高いという事はあるかもしれません)
人件費が労働生産性に比べて安いという事情もあるのかもしれませんね。(ここら辺は、非正規雇用の増加ともからんできます)
国としては、予算のつけやすい所からしか、予算配分しませんが、国策として重要なら、縦割行政から脱却して適切な対応を期待したいところですね。


Posted by masa at 2009年05月06日 21:35
> エネルギー投入に対する投資回収が、
> 人件費投入に対する投資回収より有利

だから産業革命が起こり、文明社会が発達したのですよね。

景気回復・産業発展とCO2削減とは、トレードオフの関係です。

だから世界的不況下の現在、CO2削減を真剣に考えている国は無いのだと思います。
人権、平和、資源、同盟などと同様、国際的駆け引き材料の1つとなっているように思われます。

その辺の事情をよく観察して、「踊らされる」だけの存在でありたくないと思うワタクシなのでした。
Posted by けろ at 2009年05月07日 11:33
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