さて、何故なんでしょう。
改めて振り返ってみても、実のところ特別な理由はありませんでした。
「成り行きです」が正直なところです。
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もう、随分前のことになります───。
有給休暇を取って、次の職探しに職安を訪れました。
わざわざ、職場から遠く離れた別の市の職安を。
壁一面の掲示板に所狭しと張ってある数多の求人票。
あらかじめ、いくつかの条件をまとめておきました。
勤務地、給与、勤務時間、休暇、などなど。
決して高望みはせず、まあまあの線の条件だったと思います。
仕事の内容、というものももちろん関係するのですが、
「何でもいい」というが正直なところ。
「要は、生活のため、収入を得るための手段でしかない」という醒めた思いもありました。
いろいろ見た中で、取り敢えず一番条件に近そうな所について、窓口職員の方に照会してみようと思いました。
そこが、設備設計専業の事務所だったのです。
給料も新人としてはまあまあでした。
(その後の昇給は大したことなかったのですが)
引っ越し予定の場所から近く、通勤にも便利でした。
(その後すぐ移転するとは思いませんでしたが)
「未経験者可」と書いてあり、ある程度の経験年数を求める求人の中で目立っていたように思います。
(今思えば、経験者が入ってくれず、とにかく人手が欲しかった、
そういうことだったのでしょうが)
窓口に行ってみると、担当者がその求人に関する情報を端末画面に
出しながら、
「ちょっと、連絡取ってみますか?」
とのこと。
すぐにその会社に電話を掛けてくれました。
「面接はすぐでも良いそうですが、行ってみますか?」
「え、今から、ですか?」
「ええ」
「えっと、履歴書とか用意していないんですが」
「(電話口に向かって)『履歴書はまだ書いていないそうですが。え? そうですか、わかりました』履歴書は後でもいいみたいですよ。行ってみます?」
「え? そうですか、じゃあ」
「(電話)『行ってみるとのことですので、ご紹介しますね』
というわけで、場所の説明をしますね」
そんなやり取りを経て、そのまま職安からその会社へ直行することに。
「では30分後くらいに」
と電話口で話していたように、職安からも近くて歩いて行けるくらいの距離。
しかも道はほぼ一本。
「この正面の道をずっと北に向かって、この辺です」
地図で示されたように、向かったのでした。
面接に行ってみると、
「新人でも大丈夫。他の社員も未経験から頑張っている人が多いから」
(ベテランがみんな辞めてしまっていただけ)
「若い人も多いし活力があるよ」
(社員が長く居つかないから)
「残業も多くて月に10時間くらいかな」
(真っ赤なウソ……)
ということで、サッサと決めてしまいました。
「設計」とは何をするのかを知らず、
まして「設備」なんて存在すら知らず。
蛇口を付ければ水が出る。 そう思っていたくらいで。
いろいろ大変な面もありましたが、
普段目につかない部分のシステマティックな設計が面白くて、ただの入れ物(躯体)の設計なんかよりもよっぽど魅力的に感じて、そのままこの業界にどっぷりと浸かっています。
やってみて初めて、
「そうか、こういう仕事が好きだったんだ」
と思ったような次第。
学校で設備や建築について系統的に学んでいないので、
そして現場経験も無いので、
実務を通じて徐々に身につけていきつつある(専門に学んだ人でも一生続けることなのでしょうが)。
そんな現状です。
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「設備」への取っ付きは「成り行き」でしたが、
そのまま業界に留まっているのは決して「成り行き」ではありません。
やはり「設備が好き・設備が面白い」だからなんだと思います。
全くの異業種から飛び込んで、はや20年近くが経とうとしています。
専門教育課程を経て業界に入り、この道で大成しておられる諸先輩方から見ればほんのヒヨッ子でしかありません。
なので、まだまだ精進が必要です。
たぶん、ずっとヒヨッ子なのでしょう。
何せ、専門課程を経ていませんから。
それに、設備業界では常に新技術・新工法が出てきて、それらが選別淘汰されて、徐々に進んでいきます。なので精進を続けなければ、すぐに取り残されてしまいます。
なので、この業界に留まる限り、精進の必要性は止まることがありません。
といって、新しいものにすぐ飛びつくわけにもいきません。
いろいろな新技術が建築設備に応用されるわけなのですが、
当然ながら使ってみて初めて、いろいろと不具合や想定外の事象や期待した通りにならないなどの現象が起こってきます。
劣るものは徐々に淘汰され、消え去り、忘れ去られていきます。
優れているもの、改良の余地のあるものは徐々に発展し、やがて普及してメジャーなものとなっていきます。
「時代の流れ」もあって、省エネ、エコ、快適、1/f ゆらぎ、マイナスイオン、などなど玉石混合、いろんなものが出ては消えしてゆくのです。
そんなこんなを見極めながら、時には流されながら、今までやってきました。
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実態として、設備設計は設備技術者によって、電気設計は電気技術者によって行われてきていたので、「設備設計は建築士が行う」という建前論を知らずにいました。
けれども経験年数を積むにつれ、どうやら法律上は「設計」というものはすべて、設備も電気も「建築士が行う」建前になっているようだ、と気づくようになってきました。
気づいたものの、実態としてそのような事実は見受けられませんでしたし、設備の設計を行っている建築士さんもついぞ見たことがありませんでしたから、暫くは気に留めていませんでした。
いえ、建前としては、形としては、確かに会社は一級建築士事務所であり管理建築士を置いていました。だから書類上は管理建築士さんがすべて設計したということになっているのですが、でも設備の実務なぞは全くやっていない。
こと設備・電気に関しては、ハンコを押すだけの仕事にしか見えません。
(ま、その状態を称して「設計」と言うわけなのですが)
ま、そんなもんだ。
そういう風に思っていました。暫くは。
それに、建築学科卒ではないワタクシは、そもそも建築士など受けようったって受けられないのです。どうにもなりません。
それで、理系大学卒で、実務経験1年半あれば受けられる「空気調和・衛生工学会設備士」を受けました。経験なし中途採用の新人が受けることのできる設備資格のうち、最も手近なものなのでした。
次は、管工事施工管理技士、建築設備士、というのが業界の一般的パターンなのですが、ワタクシはちょっとヒネクレモノであります。
現場監理補助をやっていましたから施工管理も受験可能ではあるのですが、後回しにしました。
建築設備士試験には普段やっていない電気分野も出ます。で、後回し。
そもそも、何かをとにかく覚えているかどうか(必ずしも理解でなく)、という4択や5択の試験というのは大嫌いでした。
全くわからなくても、4分の1や5分の1の確率で正解し得る。
完全にわかっていても、マークミスで点を落としてしまう。
そういう非人間的なものは「試験じゃなくて工場の検品だ」などという意識がありました。
「1点に泣く」などというのは、もう人間性とか人格とか無視したただの「検査」です。
試験ってのはもっと大らかな、あいまいな、それでいて格式あるものでなければなりません。
そういう、たぶんものすごく世間一般から隔絶した思考回路を有しておるのであります。
学会設備士は、無資格じゃ役所物件の担当するのに不都合だから受けろ、との社命で受けましたが、ひとまずそれで済むなら他は受けずに済ませたいのでした。
学歴で受験資格を限定する試験も気に入りませんでいた。
わかっていても、学歴がないと受けられないのか。
学んだ内容を殆ど忘れてしまっていても、学歴があれば受けられるのか。
なんじゃそれ。
それを、理不尽と感じたのです。
暫くして。
受験資格は実務経験年数だけ、試験は論文記述と口頭試験、という魅力的な資格を発見しました。
論文ということは、自分の持てるものすべてをぶつけて勝負できます。
たまたま覚えていたとかド忘れしたとかいうものを乗り越えて、文章で表現できます。
口頭試験という昔ながらの(?)方法にも時めくものがありました。
経験年数以外は学歴年齢を問わないというのも大変結構でした。
ただし、ほとんど、試験情報がない。
土木関連の科目に関してはいろんな書籍が出ているのですが、
ワタクシの領域である設備関連科目のものは全くない。
あるのは過去問集のみ。
周囲にも、有資格者はほとんどいない。
スーパーゼネコンの本社から来た設備担当が持っていたっけ、そういえば。
そんな超マイナー資格でした。何せそれまで存在を知りませんでしたし。
でも一応国家資格だし。
そんなきっかけで受験し、取得したのでした。
(ただし、今は試験制度がだいぶ変わりましたが)
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設備屋としては、とりあえずこれでいいのではないか。
そういう感もありました。
けど、やっぱり気にかかります。
法律文を読むと、やはり気になります。
やはり、結局、建築士なのか。
建設省(当時)所管の資格じゃなきゃ、だめなのか。
科学技術庁(当時)所管の資格じゃ、話にならないのか。この業界では。
でもって、少なくともあって困ることはないし、建築一般の勉強はやっておいて損はない。きっとプラスになる。
それで、二級建築士を取ることになりました。
同じように思ってか、同僚が先に二級を取ったのに触発されたということもありますが。
変な資格を先にとってしまったせいか、上司に「抜け駆けをした」と思われたか、意地悪をされるようになり、折り合いが悪くなって会社を辞めてしまいました。
もう馬鹿馬鹿しくなったのと、でも食っていかなくてはならんのとで、
自営で設備に関わることにしまして。
できれば形も整えておきたくて、二級で事務所登録もしました。
建築設備士も取りました。
まあ、ぼちぼちと続けて、ある程度年数が経ったらしっかり勉強して一級も取れば、形ももっと整うし。
そのように長期計画(という程のものでもないが)で考えていたのですがね。
姉歯氏をきっかけに、あれよあれよという間に建築関連法規が大きく変わり、
設備技術者を取り巻く情勢もガラリと変わり、雲行きの怪しいものとなってきました。
「もう面倒くさいからこの業界やめたやめた」
と逃げ出すことも可能なのでしょうが、せっかく見出した魅力ある設備業界を放り出してしまうのも惜しいのです。
(どこに逃げるつもりだい、という問いもありましょうが)
いろいろ整理をつけるのに時間を要しましたが、
やはり一級は取るしかなさそうですね。
自分でハンコ押して「設計」するんでなければ、「設備コンサルタント」としての営業も可能なんでしょうが、
やっぱり形も整えておきたい。
結局、そこに落ち着きます。
周囲の意匠屋さんが続々と「設備設計一級建築士」を受け出すのを見ると、何やらモヤモヤとうずきます。
設備を教えてくれだの、設備士の試験資料を持ってたらくれだの言われると、余計に。
「一級建築士であって、設備に関して高度な専門能力を有する資格である
『設備設計一級建築士』を受けようとおっしゃるあなたの方が、
二級でしかないワタクシより知識が有って当たり前じゃないですかぁ」
そう毒づきたくなったり。
さて、来年こそ、何とかせにゃなりませんね。
設備設計をやっていたかったら、意匠製図を覚えて一級取れ。
意匠設計をやるなら、設備製図は知らなくて良いぞ。一級さえ取れば。
とにかくこの国の建築は、意匠重視で動いています。
意匠重視だから、構造軽視。
だから起こるべくして起こった耐震偽装事件。
意匠重視だから、設備軽視。電気軽視。
だから、設備偽装事件も、きっと起こるべくして起きるのです。
量産された、設備実務能力のない「設備設計一級建築士」たちの手によって。
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結論。
ワタクシは、なぜ設備を選んだのか。
「成り行きです。でも付き合って、好きになりました」
ま、嫁さんとの馴れ初めみたいなものかも知れません。
なぜ好きな女性(設備)と一緒になるのに、
その「いとこ」(意匠)と付き合わにゃならんのか。
そういう感じですかね。
(「あなたは、何故設備を選んだのですか?」おわり)
4段落目の資格が記載されていないですが、技術士等の話ですよね。
私は、現場員なので、けろさんは、雲の上の存在なので事情について詳しくないですが、設備は、建築に対してかなり虐げられているのでしょうか?
よく技能士と間違われます。けどワタクシには技能が無いので、技能士さんたちに失礼ですよね。
雲の上? 深海底の間違いですよね。
設計と施工とは、役割が違っています。仕事の流れとして、まず設計があってそれから施工なのでしょうけど、設計はモチを絵に描く作業でしかありません。ちゃんと作る方がいて初めて食えるモチになります。
建物も同じで、ちゃんと施工する方がいないと、設計なんて「机上の空論」でしかありません。
現場の方々には、いつもたくさん教えられます。
だから、ワタクシは現場の方たちを尊敬します。
深海底で蠢きながら、日々モチの絵を描いております。
設備が「虐げられている」は言い過ぎかもしれませんが、立場が弱い(もしくは存在感が薄い)のは確かです。現場でも、そうですよね?
意匠設計者が設備に関心を払っていない、設備に関して総じて無知、というのが原因だと思います。そして今までそれが許されてきました。
設備一級創設により、意匠屋さんも設備を勉強し始めました。そういう意味では、少しだけ効果があったように思います。法の趣旨との整合性はともかくとして。
私は、リフォームや店舗(飲食や理美容)では、立場的に強いと思っていますが。ただ、一般住宅の新築で施工監理が3〜5年目位の方のときは、立場的に、低く押さえつけられます。
私のような現場員から見て、けろさんは、過敏とも思われる話をされることがあるので、今回「虐げられて」と書いてみました。
設備の地位の向上、少しづつ上がっていくとうれしいですね。
> 設備の地位の向上
実態としては、向上しつつあると思います。
でも制度上は後退しかけていると思います。
そのギャップがなんとも歯がゆく感じます。
私は現在大学3年で就活が始まった建築学生です。
設備のゼミに入っており、設備に進みたいと思って考えていましたが頭が整理できず混乱していた時、こちらを発見しました。
まさに僕の頭の中の答えを示したものでとても感銘を受けました。
いい刺激をありがとうございます。
古い記事ですが、何かの示唆になったのでしたら、良かったなと思います。
「設備のゼミ」いいですね!
なんか、周りを見渡しても、
若い設備技術者が少ないんです。
ぜひぜひ、設備の業界にお越しになり、
ご活躍下さいませ。
記事に書いたような経緯でこの業界に入ったワタクシですが、
そのまんま気に入ってしまって、ずっと頑張っています。
やっぱり、設備は楽しいんです。
蓼食う虫も好きずき……って言われちゃうのかも知れませんけど。