2022年02月08日

増圧ポンプのサイズ感

その地に上水道を供給している水道事業者次第ではあるが
「直結増圧給水」は、多数採用されている。


そもそも、そういう機能を持つ製品(ポンプユニット)が開発されたことが大きい。
そして、それに耐えうるインフラ(配水管網)が整っていることもある。

何より、受水槽方式に比べて、場所を取らないことが
普及の最も大きな理由であろう。



場所を取らないということは、土地が、床面積が、有効に活用できる。

その場所を確保するコストが減る。

「断水時に貯水が無い」というデメリットもあるけれど
イニシャルコストの安さという強力なメリットの前では霞んでしまう。

かくして、用途的に困難であったり
水道事業者に断られたり、
災害対策上貯水が必要であったり
そういう要請がある建物以外では、圧倒的に支持されるのである。



こんなサイズ感なのだ。


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階段下の、いわばデッドスペースに納まってしまう。

このキャビネットの中に、ポンプやらバルブやら
必要なものが全部納まっている。


受水槽 に比べたら、もう、ホントにコンパクトだ。



だから、建築士試験の製図においても、
「受水槽室」なんて無くても済むようになった。
(指定されている場合は、もちろん除く)



科学技術の進歩は
「せつび」分野でも遺憾なく発揮されているのだ。
(「増圧ポンプのサイズ感」おわり)
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2022年02月07日

建て替えるから壊すんだ

しばらく前。


ひっさびさに脇を通りかかったら、
全体が仮囲いで覆われていた。



22020701.JPG



そっか。そういえば そんな話 を聞いたことがあったな。



1970年完成というから、半世紀を経ているわけだ。
その気になればもっともたせることは可能なんだろうけれども
経済的・商業的に寿命が尽きたということであろう。



省エネだ省資源だ温暖化対策だ云々言われている中であれば
本来的には断熱改修か何かをして末永く使用するのが良いのであろうが
それでは経済的にはもたない。

次々と現れる新築ビルとのテナント獲得競争にも不利。
高層化することで収益性も向上できる。

ま、いろいろな「都合」ってものがあるのだろう。



原理主義的に「地球を守るために建て替えを中止せよ!」
なんていう主張は、見たことがない。
(あるのかも知れないけど)


東京大阪名古屋などの大都市圏で次々と進められる
巨大プロジェクトのために生ずる環境負荷に対して、
いろんな団体は何か物申さないのかね。


リングプルやペットボトルキャップの収集とか
何ならベルマーク運動とか、
そういう「ちまちました」目先の事には一生懸命だけれども
もっと規模の大きなお話には目を向けないのはどんなもんだろう。

そのくせ「地球が」っていきなり飛躍する。



大雪が降れば、すぐ除雪されないことに文句たらたら。

「カーボンゼロ」を推進・称賛・奨励するのであれば、
除雪は人力でやるべきなのだ。
化石燃料をガンガン使った重機は動かしちゃならんのだ。

ロードヒーティングも、求めちゃイカンだろう。
あれこそ、地球温暖化に直接貢献しているじゃないか。



自動車は使わない。鉄道のほうがエコだから。

そういう主張もわからなくもないが、自分で計算してみたのだろうか。
「原単位」の妥当性について、どのくらい理解しているのだろうか。



結局のところ、自分の主義主張を訴えたいだけで、
ほんとうは「環境」や「地球」なんていうものは
「材料」に過ぎないんじゃないかなんて思うことがある。

その対象がたまたま「環境」であったり「野生動物」であったり
「政策」「宗教」「理論」「芸能」「知識」……。

何でもよかったりするのだ。


「自分が認められたい」最終的には、そこに行き着くのかもしれない。
あるいは「自己満足」。



とは言え、これはデリケートな問題だ。


こんなことを書いているワタクシ自身、
「せつび」を愛でたくてただひたすら書き殴っているだけの
自己満のモノでしかない。

たまたま対象が「アヤシイ陰謀論」ではなくて「せつび」であった
それだけなのかもしれない。



確かに、高尚で崇高で紛れもなく善人である人物も
皆無ではないのだろうけれども
そうそう多くは無いのではなかろうか。

たいていは「それっぽく」見せている、演じている、自ら思い込んでいる
そんなヒトなんじゃないだろうか。



いつの世にもそうだけれども、
かつての、また現在の有名人の訃報などを見るにつけ、
あるいは身近な方々のお悔やみに接するにつけ、
いろんな思いが心を巡るものである。


このビルは無生物で感情も意思も無いけれど、
そんなモノにさえ「もののあはれ」を思ってしまったりする。



構造的には寿命じゃないけれども
機能的・経済的にはもう寿命なんだ。


そう割り切るしか、無いよね。

たかが、建物なんだから。



となると、ね?



生物学的には寿命じゃないけれども、
社会的・経済的にはもう寿命なんだ。

ニンゲンに対しても、
そういう考えが生じてくるのも
仕方がないのかもしれない。

では、ヒトの価値を、どこに見出すのか。

その性格? 人格? 業績? 著作物?



そうじゃないところにこそ、
価値を、存在意義を、見つけたいところではある。

少なくとも、他人に対しては。



自分の事は……客観的に見えないから、
わかんないや。

とっくに寿命が尽きているけれども
自分が気づいていないだけだったりして。

いや、最初からそうだったのかな。



ま、それはともかく。



省エネ、環境対策、云々は
方向性としては当然良いことであって
ぜひ推進すべきものと思うのだ。


ただ、その方向性であったり方法論であったり
政治的経済的思想的事情も相まって、
たいそう複雑であるのだ。


だからあまり劇的なことはできやしない。
それをしようとすれば、独裁政治にせざるを得ない。

しかしそれを率いる人物が正しいという保証はどこにもなくて
いやむしろ間違っていても決してそれを認めず
突っ走ってしまうわけで、それはそれで良いはずはない。

いろんな相互作用があるはずだから、
良かれと思って進めたことが逆効果だったと後日判明することも
多々あるはずなのである。



そして、何をするにもカネが要る。
どこかから湧いてくるわけではない。
となると、経済的にも成り立つ計画でなければならない。



何より、平和でなくてはならない。
国家存亡の危機に際して、省エネなどに構っている場合じゃなかろう。

大地震、大噴火、大津波、パンデミック、そういう事態に臨んでは
環境対策は後回しにならざるを得ない。

現に、この2年間は全世界でコロナ禍に陥り、
ゴミを大量に生み出すとしてもマスク、ビニール、ボトル、その他
どんどん使用しているではないか。

経済活動停滞に伴い二酸化炭素排出量が減少した、という副次効果はありつつも
経済的にはこのまま成り立ち続けるはずもなく、
国家が破綻して暴動・内戦にでもなってしまえば
もう省エネどころじゃなくなる。



何やかや言いつつも、
こうして築50年の高層ビルを壊して、更に高層に建て替えるなんて
平和で安定している国に居てこそのことなのだ。


そして建て替わるビルは、従前とは比べ物にならないほどの
省エネルギー性能・環境対策の進んだものになるはずだ。

そうやって、時代は進んでいくのである。
たぶん。
(「建て替えるから壊すんだ」おわり)
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2022年02月06日

受水槽はどこにある

ある程度規模の大きな建物の場合には
水の使用量が多いものだから
「受水槽」に水を貯めてから、
ポンプで各給水場所に水を送ることが多い。

今では直結増圧給水の建物もたくさんあるけれども
建物の規模とか高さとか用途とか
水道事業者によって可否の判断基準が異なるから
事前に確認が必要だ。



建築設備設計基準(いわゆる「茶本」)には「受水タンク」と書かれているけれど
「受水槽」と呼ばれることも多い。

用語はほんとうに面倒くさくって、
茶本で「高置タンク」「貯湯タンク」と書かれていても
一般的には「高架水槽」「貯湯槽」なんて呼ばれていたり
一物に対する名詞が何種類かあると
初学者には混乱の元であろう。

でも仕方がない、そうなんだから、と言うしかない。


医学関係のように、日本語、英語、略語、場合によってドイツ語など
更に大変な業界に比べたら、ちっとも大したことじゃないのだ。


航空業界などは、そもそも日本語じゃないし、JIS規格じゃないし、
インチで測るし、とも言う。そっちだってかなり大変だろう。

あ、でも建築には尺貫法も生きてるなぁ。

ま、業界ごとにそれぞれの面倒臭さがあって、
だからこそ「仕事」として専門性が必要になったりもする。



さて、受水槽を置く場合には
それをどこに置くか、結構大きな課題だったりする。


見込まれる使用水量に基づいて、水槽(タンク)の大きさを算定する。
その大きさのモノを、どこに納めるか。


たとえば、屋上だったり、
たとえば、屋内だったり、
たとえば、地下だったり。

モノが見えて差し支えなければ、
屋外だったり。



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屋外に置く場合であっても、
正面玄関脇とか、あんまり目立つ場所には計画しないものだけれど。



さて、今住んでいる共同住宅には、受水槽があるだろうか。
あるとしたら、どこに置いてあるだろうか。



今通っている職場には、受水槽があるだろうか。
あるとしたら、どこに置いてあるだろうか。


今通っている校舎には、受水槽があるだろうか。
あるとしたら、どこに置いてあるだろうか。



実務上建築に関わりの無い方々にとっては
どうでも良いことなんだろうけれども
いざ災害などで断水・停電になったりした時に
その知識の有無が状況を変えるかもしれない。



だから、改めて問うてみよう。

受水槽は、どこにある?
(「受水槽はどこにある」おわり)
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2022年02月05日

色違いだけど仕方がない

ひと昔、いや、ふた昔以上か、
とにかくだいぶ以前には、
衛生器具にはいろんな色があった。


標準色も何色か用意されていたし
特注色もたくさんあった。



古い建物のトイレに行くと、
男子トイレの陶器は薄いブルーで
女子トイレの陶器が薄いピンクで、という
当時なら当たり前とされていた配色を
見られることがある。



また、古い古い飲み屋街の雑居ビルのトイレなんかだと
濃い群青色とか深いワインレッドとか
そんな色に出遭うことも、まだ辛うじてあるだろう。



けれども、現在はそういう景気の良い(と言っていいものか)時代ではない。


TOTOのカタログを見ても、
パブリック用陶器の色は、ホワイトとパステルアイボリーの2色のみ。
ものによってはホワイトしか無かったりする。

住宅向けには4色あって、
ホワイト、パステルアイボリー、パステルピンク、ホワイトグレー。
後者2色は受注生産品だ。

今は、陶器の色ではなくて
内装や照明などでトイレの雰囲気を作るから
陶器自体にはむしろクセが無いほうが良いのだろう。



すると、古い陶器を補修する場合、
元の色が存在しないことになる。



とある場所のトイレに、それを見た。


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床置きストール小便器の
着脱式トラップが割れたか何かで
取り替えられていた。


けれども、元々の陶器の色と同じモノは
もう無い。


だから、現在入手可能なものをつけるしか無い。


機能的にはこれで問題ないし、
そもそも手に入らないんだから、仕方がない。


これがイヤなら、便器全体を取り替えることになるが
費用がずいぶん余計にかかってしまうし、
まだ使える便器ごと取り替えてしまうのは勿体ないじゃない。



まあそういうことで、
ピカピカの今風の新しいトイレも
それはそれで美しいのだけれど
年数を経て改修を経たトイレたちもまた
趣の深いものなのだ。


何事も、一期一会なのだ。


「今」を感じ、喜び、楽しむのが吉なのだ。
(「色違いだけど仕方がない」おわり)
posted by けろ at 13:00| Comment(0) | 衛生設備 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月04日

雪が積もって見えなくならない信号機

平べったい信号機。


昔の電球式のやつに比べると
無きに等しい厚みである。


これもLEDのお陰だ。


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ブラウン管テレビと液晶テレビとの差のようなものだ。



しかも、前方に傾けて取り付けられている。


このため、雪がのしのし降っても
見えなくならない、らしい。



余程の大雪や吹雪だったら
やっぱり見えなくはなるのだろうけれども
そうなりにくい構造ではある。



こういうやつ だと、フードの上に雪がたくさん積もると
見えなくなるだろう。

そもそも積雪地ゆえ、
信号機のランプが横に並んでおらず
縦に連なっているのだが、
冒頭のLEDには敵うまい。



表面に雪が貼り付いてしまうのを防ごうと
カバー付きになったやつ も、見かける。



雪が無いときには気にならないだろうけど
いざ降ってみると、積もってみると、
その違いに気づくことだろう。



建物や設備も、そんな感じの事柄が多いのだけれど。
(「雪が積もって見えなくならない信号機」おわり)
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2022年02月03日

いつでもビューできるわけでもない

ビュープラザ、という道の駅 がある。



とうぜん、景色の良い、眺めの良い場所であって
「ビュー」できるからこその命名である。


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(雪の無い頃の写真であるが)



が、そこは天候次第であって、
必ずしもビューできるというわけではない。


当たり前の話だ。



正面に、蝦夷富士たる羊蹄山が堂々と屹立している、はずなのだが。


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うん、確かに途中までは「ビュー」できるんだが。


やっぱり、山体というものは、
頂上までくっきり見えてこその眺めであるのだ。


でも、仕方がないのだ。



まだ、低く垂れ込めた雲によって
山の存在すらわからなくなっていないだけ
マシなのだ。



残念だけれど、ね。
(「いつでもビューできるわけでもない」おわり)
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2022年02月02日

スマホが置き忘れられないように

結構前に報道されていたような気がする。


とあるサービスエリアのトイレのカギが
小物置き付きであった。



トイレにスマホなどを置き忘れる例があとをたたず、
それを防止するには……と考案された由。



22020201.JPG


ここにスマホ(に限らず小物)を置いたままだと、
ドアを開けることができない。

必然的に、「ああ、そうそう、忘れてた」と気づく。



傘かけも同様で、
ドアのところについていれば、うっかり見落とす可能性が減ずる。



いろんな設備や家電、機械類もそうだけれども
こういう工夫の積み重ねで、現代は構成されている。

そしてこれからも、伝承されていく。



今の時代、この国に生きていることは、
とても、とっても、有り難いことなんだ。
(「スマホが置き忘れられないように」おわり)
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2022年02月01日

屋根の谷間に雪たまる

積雪地では、屋根形状にも注意が必要である。



もしそれが平坦な陸屋根であるのならば、
その積雪荷重に耐えられるだけの耐力を有しなければならない。


また平坦であったとしても、そのパラペットからは雪が落ちるから
下部に対する配慮も必要である。



もし屋根に勾配がついているのなら
積もった雪は長い時間をかけて流れ下る。



そして屋根に谷間があると、
そこに集まってきた雪がつっかえて溜まる。


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溜まった重量に屋根や構造体が耐えかえる場合もあろうし
溜まりに溜まったあとでドスンと落ちてくる場合もある。


ひと冬そのような事態になることなく
持ちこたえるのならば良いかもしれないが
なかなかそれは難しいことだ。


いずれにしても春先になって緩んでくれば
いつか必ず落ちてはくるものだ。



だから、複雑な屋根形状にする場合には
雪が積もった時にどのような挙動になるかを
想像してみたほうが良い。

いや、想像した上で、必要な対策をしておくべきだ。


そう思うんだけど、
意外と無対策っていう場面を
良く見かけるんだよねぇ。


なしてやろ?
(「屋根の谷間に雪たまる」おわり)
posted by けろ at 08:00| Comment(0) | 建築工事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする