建物もそうであるが、外構にも気を使ってあるようで。
木製の電柱と、傘のついた裸電球用外灯が雰囲気を出している。
住宅兼店舗のような建物が、いくつか建っている。
ここでは実際に「昔の駄菓子・昔の飴」が売られていて
昭和のガキの買い食いを体験できるようだ。
住居部分も再現されていて。
木床にはめ込まれた、便器。
便器の「蓋」が乗せられている。
汲み取り式であったなら、
蓋でもしておかなくては、臭くて堪らないだろう。
台所。
給水は、左上に貯めた水を使い、
排水は、壁側から排出される。
壁といい、窓といい、
冬はさぞや寒かったのではないだろうか。
竿縁から吊り下げられた、照明器具。
裸電球用の器具であったのだろうが、
現在ついているのはイマドキ(いや、ちょっと前、か)のもの。
こんな吊り下げコードなんて、普段見ることは無い。
感知器は……もちろん現代だから必要なモノ。
現代に建つ建物、しかも不特定多数の見物客が訪れる建物であるから、
防災関係はどうしても取り付けざるを得ない。
これは、仕方がないのだ。
この類の移築建物は、
所詮は「紛い物」なのかもしれない。
でも、それはそれで、過去の生活を現代に伝えるための
貴重な伝達装置として機能するのだから、良いではないか。
鉄筋コンクリート造、エレベーター付きの城郭建築 も然り。
現物が、現地にそのままの状態で残されているのは良いのだが
誰にも見られないまま「保管」されているのでは、
果たしてそれが人々に何の影響を与えられるかというと
皆無に近いのではなかろうか。
「人」の営みの遺物なのであるからして、
人が見て、触れて、感じてこその存在意義なんじゃなかろうか。
なので、こういうモノたちを見るのは
心躍り、楽しいものなのである。
(「開拓の村の家々のせつび1」おわり)